第6話 『人間』という種族

●エルフィリア城・訓練場(同日・午後)


  白金の甲冑が、綾人の頬を打ち付ける

  綾人、吹き飛び地面に倒れこむ

  顔や体には、何度も殴られた跡

  息は絶え絶え、立つ気力もない

  ゾルダム、抜刀し綾人の首筋へ

  それを見かねた健尾が飛び出す


健尾「ま、待ってくれ!これ以上は死んじまうよ!」


  見つめ合う健尾とゾルダム

  ゴクリ、息をのむ

  ややあって、剣を収めるゾルダム

  ため息をついて―


ゾルダム「これでは、ただの足手まといだ。それどころか、並みの鬼人に握りつぶされて終わりだ。全く、陛下は何を考えているのか……。よりによって、騎士団に人間を入れるど……」


綾人「……お前らみたいな、立派な耳じゃなくて悪かったな」


ゾルダム「ふんっ、こちらの話だ」


フォルシャ(声)「お、精が出るねぇ」


  ふと、女性の声

  銀髪を靡かせ、こちらにやってくる

  フォルシャ、丸眼鏡をクイと上げる

  大きなクマのついた目でゾルダムを見やり―


フォルシャ「やぁ、ゾルダム。あまり虐めてはダメだよ?」


ゾルダム「これ以上は時間の無駄だ。命にもかかわる」


  舌打ちをする綾人

  反抗的な態度を崩さない

  それを見て、口角を上げるフォルシャ


フォルシャ「なら次は、私の研究室にお招きしようか」


健尾「研究室?」


ゾルダム「これからお前には―」


フォルシャ「これから君には、クローン魔法の実地訓練をしてもらう!」


●同・フォルシャの研究室


  扉を開け中に入る綾人


フォルシャ「ようこそ、我が家へ」


  長方形の大きな部屋

  机には、研究道具や資料が散乱

  そして部屋の最奥、見慣れない機械

  白金の縁、人一人が入れそうな箱が二つ

  綾人と健尾、それを目の前にして―


健尾「すげぇ~」


綾人「これが……」


フォルシャ「そう。これが、クローンを生成することができる魔道具。名を、『ブノツァーベルド』と言う」


健尾「ブノ、ブノツァー……、ダメだ舌噛む」


綾人「魔道具ってのは?」


フォルシャ「魔法を用いた技術のことだよ。私は、その研究の第一人者なんだ」


健尾「あぁ、この前見た異世界モノにもあったわ」


フォルシャ「これは、紛れもなく私の今世紀最高傑作だよ」


健尾「先生~、他のも見たいで~す」


フォルシャ「う~ん、研究室にはこれしかないんだけど……。そうだ、この城に入るとき、何か違和感がなかったかい?」


綾人「いや、特に……」


健尾「この城、警備ザルだよなwww」


フォルシャ「実はこの城には、外からの脅威を弾くための結界が張ってあってね。それを作ったのも私だよ」


健尾「ほえ~、こんなでっかい城を」


フォルシャ「ふふっ、君たちは運がいいねぇ。もし弾かれてたら、文字通り肉体がバラバラになっていたところだよ」


健尾「せ、先生パネェっす……」


綾人「中に入ればいいんだな?」


フォルシャ「あぁ、そうだよ。物は試しだ、早速やってみようか」


  二つある箱の片方

  そこに綾人が入る、直立状態

  ガコンと扉が閉まる


フォルシャ「頼んだよ、ミキ、ポポ、ミミィ」


  フォルシャの優しい声音

  三匹の妖精が、彼女の掌から飛んでいく


健尾「へぇ、妖精が動かすんだ。今の俺にもできるかな……」


フォルシャ「『ブノツァーベルド』、起動!」


  フォルシャの掛け声と同時、仰々しい音

  綾人、目を瞑る

  しかし、何も起こらない

  ややあって、目を開ける綾人

  扉の向こう、こちらを覗くもう一人の自分

  綾人、思わず目を見開く


フォルシャ「成功だ!これで、君が二人になったよ」


  扉から出てきた綾人

  もう一人の自分をマジマジと見る


健尾「今のでか?なんか地味だったなぁ。もっとこう、光がバァ!ってなったり、波動がグワァ!ってなったりしないのかよぉ。もっとファンタジーらしさを期待してたのにぃ!」


フォルシャ「よく喋る妖精だなぁ。前のバージョンはそうだったよ。でもそれじゃ、自分たちが何処にいるのか、敵に知らせてるようなものだろう?」


綾人「前のバージョン?」


フォルシャ「あぁ。前回の大戦で使ったやつだよ。それから改良を重ねていてね。前のなんて、派手なのに加えて生成されるクローン体はオリジナルより何十歳も若いんだ。私もほとほと呆れてね、今はもうどこにあるのかもわからない」


健尾「改良ってか、また一から作り直してんだな……、パネェ」


綾人「やっぱり、これは大戦で使うための……」


フォルシャ「そうだよ。鬼人の力は強大だ。こっちは、数で押せってね」


健尾「鬼ってそんなにヤバいのか?金棒とか持ってんの?」


フォルシャ「三十人」


綾人「え?」


フォルシャ「並みの鬼人が、腕を一振りして殺すエルフの数だ」


健尾「嘘じゃん……」


フォルシャ「こんなんじゃ、命がいくつあっても足りないよ……。私たちエルフは、寿命が長いってだけで不死なわけじゃないからね」


綾人「そう、だよな」


健尾「契約妖精やめていい?」


フォルシャ「大戦では、それぞれが何十人、何百人とクローンを引き連れて戦うことになる。君も、早くその感覚に慣れておくと良いよ」


綾人「……騎士団長も、そうなのか?」


フォルシャ「ゾルダムのこと?あぁ、そうだよ。まぁ彼なら、そこまでのクローンはいらないと思うけど」


健尾「めっちゃ強えぇもんな、あいつ」


フォルシャ「ははっ、こっぴどくやられてたよねぇ。暫く見させてもらっていたよ」


綾人「よくもあんな白々しく……」


フォルシャ「許してくれよ。君がどんな人間なのか、知りたくてねぇ」


綾人「あいつは何だ?どうして、俺にあんなに強くあたる?」


フォルシャ「君は、このティアード・ポンドがどうして生まれたのか、知っているかい?」


綾人「確か、大昔の大戦の産物だとか……」


フォルシャ「そうだ。大昔、まだ人間が繁栄していたころの産物だよ」


綾人「人間がいたのか?」


フォルシャ「この世界には、私たちエルフや鬼人の他にも多くの種族がいてね。人間も、その一部だった。にも関わらず、人間は私たち亜種族を迫害し、世界の隅へ追いやった」


健尾「仲良くすりゃいいのに」


フォルシャ「そんなある日、人間と魔族の大規模な戦いが勃発した」


綾人「それが、その大戦……?」


フォルシャ「ご名答。死闘の末、両種族は滅び、後に残ったのはこの巨大な湖だけ。 亜種族たち、特に私たちエルフはこれを好機として、このティアード・ポンドに帝国を構えた。私たちを迫害していた人間の居場所を、奪い去るようにしてね。まぁ、お隣のトルモン王国も同じことを考えていたらしいけど」


綾人「どうして戦う必要がある?」


フォルシャ「怖気付いたかい?」


綾人「違う。同じ亜種族同士、公平に分け合えばいいのに……」


フォルシャ「君は平和主義者だね。確かにまぁ、それが出来れば一番なんだけど……。折角手に入れた領地だ、簡単には手放せないと躍起になっているんだろうね。それに、もう何千年、何万年と行われてきた戦いだ。私たちは、それを辞める機会をとっくに失っているんだよ」


綾人「ゾルダムが人間を嫌う理由って……」


フォルシャ「人間は、大昔の生き物。ゾルダムにとっても、もはや御伽噺のようなものだ。だけど、迫害された歴史がなくなったわけじゃない。騎士団長として、彼はそれを忘れないようにしているんだろうね」


綾人「そうか……」


フォルシャ「要するに、意識が高いんだよ。昔からそうなんだ。でも、悪い奴じゃないから、仲良くしてやってくれ」


●同・ティアード・ポンド・ほとり(同日・午後)


  鮮やかな緑の草原

  済んだ湖が広がる

  遠方に、白い城壁

  湖をぐるりと囲うような作り


健尾「いくら悪くない面の綾人でも、流石にあれだけいたらちょっと嫌悪するな」


綾人「俺が一番そうだよ」


  綾人、水辺へ

  水面を覗き込む

  そして、顔を上げる

  目の前の光景は変わらず美しい

  それに、綾人は溜息


健尾「この世界で人間は、多分綾人だけだな」


綾人「……あぁ」


  ふと、傍らを見る

  小さな墓、綺麗な花が添えられている


綾人「誰のだ……?」


  怪訝な表情の綾人

  その瞬間、轟音が鼓膜を刺激

  思わず振り返る二人


健尾「なんだ!?すげぇ音!」


  遠方、街の方

  黒い煙、何本もモクモクと

  綾人、息をのむ


綾人「まさか、始まったのか……?」


健尾「……嘘だろ」


綾人「百年に一度の、戦い……!」

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