第17話 君だけがいない世界

●ミョルティ・集落(翌日・午前)


  集落、建物の間を歩く綾人

  当てもなく、トボトボと彷徨う

  やがて、涼しげな音が聞こえる

  小さな水路、どこからか水が流れている


綾人「こんなところに……」


  水面を覗く綾人

  己の辛気臭い顔が反射する


  〔回想〕

  ・トワ「共に、エルフィリア帝国に叛逆してほしい」


綾人M「短い間だったけど、俺を面倒見てくれた場所だ……。見知った顔も、いくつかある」


綾人「なんて、言われんだろう……」


  目を閉じる綾人


綾人M「いや、違う。そもそも、こんな世界に迷い込んだことがおかしいんだ……」


  〔回想〕

  ・モリス「鏡、湖、I reflected. 」


綾人「鏡面世界、か……」


綾人M「この水の向こうに元の世界があって、このまま目を開ければ―」


  ゆっくりと、目を開く

  ぼんやりと光が入ってくる

  そして、覚醒

  見知った天井、見知った壁

  綾人、ベッドに寝転がっている


綾人「……ここ」


  体を起こす


綾人「……まさか、本当に?」


  辺りを見回す

  間違いない、綾人の部屋だ


綾人「ははっ、こんな簡単に……。モリスの言った通りだったな……」


  そう言葉にして、眉を寄せる綾人


綾人「モリス……、モリスって、誰だ……?」


  綾人、時計を見る

  八時四分の表示


綾人「あぁ、必修の教授か」


●大学・講義室


  席に座る綾人

  周りに大勢の大学生

  教授・モリス、英語で話している

  綾人、一人渋い顔


綾人M「やっぱ、何言ってんかわかんねぇ……」


●大学・学食


  トレーを持って歩く綾人

  テーブルとテーブルの間を抜ける

  正面、一人の学生がやってくる

  すれ違う直前、大振りによける綾人

  それを見て学生、怪訝な顔で過ぎる

  綾人も同様、自分の行動に眉を寄せる

  隣に座る学生二人、綾人を見つめる

  「何だこいつ?」と言いたげな顔

  綾人、その二人の服装に視線を落とす


綾人「服に、着られてる……」


  二人、立ち上がり激昂


学生1「なんだとてめぇ!」


綾人「悪い、口が滑った。考えてたことがそのまま」


学生2「考えてたんじゃねぇか!」


学生1「金だろ金ぇ!」


綾人M「なんだ、この違和感……」


●道


  一人歩く綾人

  アクセサリーショップの前を通る

  ショーウィンドウにネックレス

  青い宝石、夕日に照らされ輝く

  綾人、魅入られた様に見つめ―


綾人M「何か、忘れてるような……。大切な、何か……。そうじゃなかったら、この寂しさは何なんだ……?」


●轟宅・リビング


  ソファに寝そべり、スマホを見る綾人

  テレビ、ニュースが放送

  児童殺害のニュース

  綾人、それを横目に―


綾人「物騒な……」


  その時、ふとスマホから目を外す

  徐に部屋を見渡して―


綾人「なんか、こんなに広かったっけ……」


  瞬間、何やら声が聞こえてくる

  何と言っているのかは分からない

  戸惑い、耳に触れる綾人

  「ありがとう」とハッキリ聞こえる


綾人「なんだ……?」


  再び、声が聞こえる

  大勢が同時に喋るように、ぼやけている

  「ごめんね」とハッキリ聞こえる


綾人「なんだ……、誰だ……?」


  部屋を見回す綾人

  しかし、当然誰もいない

  綾人、グッと胸元を掴み―


綾人「つ、疲れてんだな。早く寝よう……」


●道


  歩いている綾人

  俯き、何かを考えているよう


綾人M「昨日からずっと、違和感が止まらない……。何なんだ、これは。胸騒ぎと言うか、切なさと言うか……。俺は、何か忘れている気がする。大切な、何か……。かけがえのない、心からの―」


  その時、足音

  綾人、何者かとドンと肩をぶつける

  思わずよろける


綾人「何だよ……」


  後ろ目に睨む綾人

  相手は走り去っていく

  綾人、一歩踏み出す

  その時、足元から甲高い音

  靴裏に何かを踏んだ違和感

  怪訝な表情、足を退ける

  そこには、小型のナイフが一丁

  ベットリ、血が付いている

  その先、ポツポツと地面に血痕

  どこかに向かって続いている

  視線で追った先、小さな幼稚園だ

  軋む半開きの門、くぐる綾人

  人気はなく、静まり返る

  聞こえるのは、風の吹く音

  そして、風が砂を運ぶ微かな音

  鼓膜の端を僅かに突く

  嫌な予感がする

  ジワジワと、額に汗

  心臓の鼓動が速い

  次第に、息が切れてくる

  そして、血痕が切れた先

  ガラス張りの扉、半開き、中は教室

  自然と肩が上下、呼吸が速い

  そっと、中を覗き込む綾人

  そして、見た

  積まれた、血まみれの子供たち

  真ん丸と見開かれた、濁った瞳


綾人「うわあぁぁぁぁっ!!!!」


  ダッダッダ、響く足音

  よろけながら、全力で逃げる綾人


●轟宅・リビング


  ソファーに座る綾人

  虚空を見つめている


  〔回想〕

  ・積まれた、血まみれの子供たち

  ・真ん丸と見開かれた、濁った瞳


  フラッシュバック、ハッと息をのむ

  ギュッと拳を握り―


綾人「何だよ、あれ……」


  綾人、立ち上がり―


綾人「なぁ、今日―」


  誰かに話しかけるように声を上げる

  しかし当然、周りには誰もいない

  綾人、自問するように眉を顰める


●轟宅・玄関


  ザァザァ、激しい雨

  そこに、インターホンが鳴る

  扉の前、二人の男性、スーツ姿

  扉、開く

  綾人が出てくる


綾人「はい。えっと……」


男性1「おはよう。轟綾人くんだね?」


綾人「はぁ……」


  男性二人、懐から警察手帳

  そして、ジップロックを見せる

  中には、血のついたナイフ

  それを見て、目を見開く綾人


刑事1「靴の跡が一致した」


刑事2「不審な動をしてたって、君の目撃証言もある」


綾人「え……、いや……」


刑事1「詳しい話は、署で聞くよ」


  ガチャン、手首に手錠がかかる

  連れていかれる綾人

  放心状態、抵抗もしない

  その時、再び声が聞こえる

  雨の音と混じって理解できない

  「綾人はやってない!」とハッキリ聞こえる

  ハッとして、立ち止まる綾人

  玄関の方をバッと振り向く

  誰もいない、しかし―


綾人M「そうだ、思い出した……。いなかったんだ、ずっと俺の側にいてくれた人が……!」


  綾人、突然走り出す


刑事1「おい、こら!」


刑事2「待て、逃がすな!」


  雨を切り、疾走する綾人


●湖


  走る綾人、湖に辿り着く

  ハァハァ、荒い息を整える

  湖を覗き込んで―


綾人「帰してくれ、あの世界に!俺が望んだのは、こんな現実じゃない!あいつが……、凛々亜がいなければ、こんな世界何の意味もない!だから、俺は―」


  瞳を閉じ、叫ぶ綾人

  その瞬間、目を覚ます

  眩しい光が目一杯に飛び込んでくる

  今や見慣れた天井

  傍らには、見覚えのある面々

  心配そうな眉を、パッと上げ―


モリス「He’s waken up! 」


トワ「よかった。あんな時間に……、そりゃ暑さで倒れるに決まってるわよ」


綾人「みんな……」


  その瞬間、ホロリと涙が伝う

  次第に、止めどなく溢れ出す

  目を擦り、泣き咽ぶ綾人

  それを見て、トワ、静かに―


トワ「綾人……」

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