第9話 サクラ・デ・モブ(テリー視点)(2)

「結論から申し上げますと、モブ家という貴族は我が国には存在しておりません」


 ボヤ騒ぎで厨房を修復中のため王城に仮住まいしているシリアン様と共に、側近である自分も王城滞在中の身だ。

 それを利用して王城勤めの文官に調べさせたところ、モブという名前の貴族は登録されていなかった。


 可能性として考えられるのは、そのご令嬢が偽名を使ったか、外国人か、貴族ではないかのどれかだろう。


「ちなみに『サクラ』は、遥か東方の小さな島国では娘につける名前として一般的なものだそうです」

 サクラとは落葉樹の名前で、年に一度淡いピンク色の花を咲かせるのだという。

 

「そうか。花の名前か」

 シリアン様がうっとりした表情で口元をほころばせる。


「あの子は異国の出身なのかもしれないね。しかもシンデレラだ。テリーはシンデレラの物語を知ってるか?」


「申し訳ありません、存じ上げません」

 正直に告げると、シリアン様は『シンデレラ』の物語のあらすじを手短に教えてくれた。


 継母と継姉にいじめられているシンデレラが魔女の助けを借りて美しいご令嬢に扮装し、カボチャの馬車に乗って王子のお妃選びの舞踏会に参加する。

 そこで王子に見初められるのだが、魔法が解けそうになって慌てて逃げ出した時にガラスの靴を片方落としてしまう。

 その靴が手掛かりとなって見つけ出されたシンデレラは、王子と結婚して幸せになりました、めでたしめでたし。


 そんな物語らしい。


「あの子、指先が荒れてたんだ。きっと継母に働かされているんだろうな。おまけに靴も置いていった。もう完璧なシンデレラだと思わないか? 私の運命の人は、サクラでシンデレラなんだよ」


 あなたが手にしているのはガラスでもなく靴本体でもなく、踵の部分ですけどね?


 シリアン様はすっかり王子様気取りで浮かれている。

 いや、一応王子様ではあるのだが。


 浮かれている我が主を、誰かどうにかしてください。

 少しこめかみが痛くなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る