第28話 事件(2)

 シリアン様がわたしを抱きしめながら泣いている。


 この人はこれまでも周囲の人を巻き込まぬよう、こうやって色々なことを諦めてきたのかもしれない。

 そう思うとなんともやるせない気持ちになってくる。

 

「シリアン様。モブは逞しいので、こんなことでへこたれたりしませんよ」

 腕を回してシリアン様のことを抱きしめ返す。


 顔を上げたシリアン様は、泣き顔まで麗しかった。


「しかし……」

「畑はまた種をまきなおせば元に戻ります。損が出るのは少々痛いけど、いつでもうまくいくわけではありませんから」


 これしきのこと、モブにとってはどうってことない――というのは嘘で、本当は内心ものすごく落胆している。

 でもここは虚勢を張って笑ってみせた。

 

「シリアン様は、本当にモブになる覚悟がおありですか?」

「もちろんだ。私の容姿に問題があるのなら、丸坊主にしても、今の倍ぐらい体重を増やしてもかまわない」


 いや、それはおやめください。

 この状況でこの人はなにを言っているんだろうか。


「寒くても暑くても手がひび割れて痛くても、お天気が良ければ毎日畑仕事をしなければなりませんよ。できますか?」

「もちろんそのつもりだったよ。サクラと軟膏を塗りっこしたいと思っていたから」


 そんな下心を堂々と言ってしまうだなんて、本当に残念な人なんだから!

 こんな状況なのに笑いがこみあげてくる。


「では我が家にお婿に来てください。わたしもあなたのことが好きです。すぐにでも結婚しましょう!」


 こんな純粋な人をいたぶるだなんて、もう王室とかいう性格の悪いやつらの巣窟にこの人を置いておけないわっ!

 婿入りならすぐに離脱できるんでしょう?

 じゃあお望み通り、わたしが喜んでシリアン様をお婿にもらうわよ!


 モブの逞しさを見せつけてやるわ。

 わたしがシリアン様を守る!


 この日、本来ならばわたしは、まずは恋人からってことで少しずつお互いのことを知っていきましょうと言うつもりだった。

 しかしこの時のわたしは怒りで妙なスイッチが入っていて、勢いでプロポーズしてしまった。


 シリアン様は目を大きく見開いた後、その群青色の瞳を潤ませてふわりと笑った。

「不束者だが、よろしく頼む」


 やはり乙女……シリアン様の後ろでそうつぶやいたテリーさんの目もまた潤んでいたのだった。

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