第27話 事件(1)
――モブからきみを救う。
シリアン様の言葉が頭から離れない。
わたしは「モブ」という呪いにかかっているわけではない。
どう説明すれば理解してもらえるんだろうか。モブはモブなのだ。
いや、もしかするとわたしは「モブ」に囚われすぎているのかしら。
シリアン様は随分とマイペースで強引な人ではあるけれど、性格はむしろ純真で真っすぐだ。
その人が、冴えないモブのわたしのことを好きだと言ってくれている。
自分も喜んでモブになるとも言ってくれている。
といっても、なれっこないだろうけど。
子供の人数に関してはまあ置いといて、あんなに丁寧な人生設計やお金のことに関しても提示して見せてくれた。
お金の心配はしなくていいんだよと安心させてくれた。
そこまでしてもらっているのに、それを袖にしている時点でわたしはすでにモブを逸脱しているような気がしないでもない。
「どうしよう……」
思い悩みすぎて、母に顔を覗き込まれていることにすら気づいていなかったらしい。
「どうしたの? 最近何か悩みでもあるんじゃないの?」
そう言われてハッと顔を上げると、すぐ目の前で微笑む母がいた。
「ねえ、お母様はどうしてお父様と結婚したの? もっといい条件の男の人もいたんじゃないの?」
母は没落貴族の三女で、王城勤めのメイドとして働いていた時に父と知り合って結婚したと聞いている。
本人曰く、若い頃はモテたらしい。
確かに母はそこそこ美人だし、よく働くし、性格も快活だから、若い頃はたくさんの男の人に言い寄られたんじゃないかと思う。
その中にはかっこいい騎士様やお金持ちの貴族もいたはずだ。
「だって、お父様のことが好きになっちゃったんだもの。仕方ないじゃない」
母はそう言って、うふふっと笑った。
その笑顔に後悔の色はない。
そして母は、真面目な顔でこう続けた。
「もしも結婚したいと思う人がいるんなら、家族のことは考えずに自分の幸せだけ考えてその人の胸に飛び込めばいいのよ?」
口を開いたら泣いてしまいそうな気がして、頷くことしかできなかった。
そっか。
好きだから――それだけでよかったんだ。
シリアン様は最初からそういう態度だったのに、わたしときたら……。
まだ愛想を尽かされていないのなら……間に合うのならば、明日返事をしよう。
そう決めたのに――。
翌朝、畑まで走って向かった。
まさか一晩で潔く諦めたりしてないわよね!?と不安な気持ちが抑えきれず、少しでも早くシリアン様の笑顔が見たかったからだ。
遠目に畑の真ん中に立ついつもの人影を認めてホッとしたのも束の間、様子がおかしいことにすぐに気づいた。
「なんてこと……」
畑一面が荒らされていた。
シリアン様と一緒に種まきをして芽が出てきたばかりのカブは畝ごとぐちゃぐちゃにされて、芽は跡形もない。
元気よく葉を茂らせていた痺れ草は一株残らず抜かれて踏みつぶされている。
他の野菜、ハーブ、薬草も同様に、すべてが台無しになっていたのだ。
害獣対策としてしっかりと柵を張り、空き地と勘違いして子供たちが遊んだりしないように『薬草栽培中のため部外者立ち入るべからず』の看板だって備えている畑だ。
知らずにうっかり立ち入って踏んづけてしまった、なんてことはあり得ない。
これは明らかに、誰かが意図的にやったものだ。
「サクラ! 無事でよかった」
駆け寄ってきたシリアン様にぎゅうっと抱きしめられた。
「畑が……」
呆然として力が抜けるわたしをしっかり支えながらも、シリアン様の体も小さく震えている。
「すまない。私のせいだ。これは私に対する嫌がらせだと思う。駄目にしてしまった作物はもうどうしようもないが、弁償はさせてもらう。もうきみや、この畑を巻き込まないように……会うのはこれっきりにしよう」
わたしの肩に顔をうずめるシリアン様は、涙を流し声を震わせながらそう告げたのだった。
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