第29話 事件(3)
「えーっと。あった」
倉庫から長いトングと小さな木桶を人数分取り出した。
トングは素手で触れない薬草やゴミを拾うため倉庫に常備している。
「はい、どうぞ」
差し出すと、シリアン様とテリーさんは素直に受け取った。
感動的なプロポーズの後に、これで一体何を? とでも言いたげにぽかんとしているふたりに向かって、わたしは意気揚々と宣言した。
「今から雑木林に、リスのフンを拾いに行きます!」
畑の裏は雑木林になっている。
王都であっても端っこのほうはこうした緑が広がっているのだ。
先頭を切って歩き出したものの、後ろからついてくる気配がなかったため立ち止まって振り返る。
「早く! モタモタしていると大変なことになりますよ」
事情がまったくわかっていなさそうなシリアン様の様子がおかしくて、早々に種明かししてあげることにした。
畑の畝のうち三分の一を占めていたのは痺れ草だった。
そこに高値で売れるあのキノコ「痺れ茸」が生え始めていたのだ。
昨日は雨で、深夜から早朝にかけては湿気をたっぷり含んだ霧がかかっていた。
つまりキノコの生育にとっては好条件だったはずで、一気にニョキニョキ伸びていたかもしれない。
薬草を何年も育てているわたしでも、つい最近までその存在を知らなかった痺れ茸だから、素人が知るはずもない。
しかも畑を荒らした蛮行は、まだ夜が明けきらない薄暗い時間に実行されたのだろうから、あのヒョロヒョロのキノコが見えていたかどうかもあやしい。
気づかずに痺れ草とともに引き抜いて踏んづけたわけだ。
それを犯人たちが手袋をはめ頭と口と鼻を布で覆って実行した後に、着ていた衣服をすみやかに脱いで着替えたのなら問題ないが、そうでなかった場合は痺れ茸の細かい胞子を口と鼻からたっぷり吸い込み、髪や衣服にも付着させたまま持ち帰ったことになる。
ラミには痺れ茸の扱い方について、子供が吸い込んだら呼吸が止まって死ぬかもしれないということだけでなく、もっと細かい取り扱い方の注意を受けている。
それを守らずに胞子が体内に入ってしまった場合、健康な大人が死ぬことはないけれど、かなり苦しむことになるらしい。
そして万が一、大量に吸い込んでしまった場合は、雑木林のリスを拾って持ってこいとも言われている。
なぜかというと、それが解毒剤の材料になるからだ。
雑木林に生息しているリスは人間にはない分解酵素を体内に保有していて、痺れ茸を食べても何ともないのだという。
つまりその酵素をフンから抽出するというわけだ。
ただしフンに含まれる酵素は体内から放出されて時間が経てば効力を失ってしてしまうため、解毒剤をあらかじめ作り置きしておくことはできず、できるだけ新鮮なフンを拾ってすぐに解毒剤を作ってもらい、飲まなければならないらしい。
「というわけなんです。わかりましたね? リスのフンは小さな豆みたいな形状です! では急ぎましょう。犯人とその仲間たちは今頃苦しんでいると思いますよ」
テリーさんによれば、犯人の目星はついているらしい。
その人たちの目の前に解毒薬をぶら下げて罪を認めてもらおうではないか。
待ってなさい!
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