第6話 残念王子の夜会(1)

 高い天井からまばゆい光彩を放つ大きなシャンデリアが下がるホールに、着飾った若い女性たちが集っている。


 数名で固まっておしゃべりに花を咲かせている令嬢たちの横をすり抜けて飲み物を受け取ったわたしは、真っすぐ軽食の乗ったテーブルへと向かう。

 一口大に小さくカットされたケーキや焼き菓子を前に胸が高鳴ったけれど、悪目立ちしてはいけない。


 ガツガツせずに目立たぬようにじっと壁の花になっていると、給仕が来てお皿にスイーツを取り分け始めた。


「召し上がりますか?」

 微笑まれて頷くと、他にはなにをのせましょうと聞かれ、フルーツをお願いした。


 お皿とフォークを受け取り、綺麗に盛られたフルーツとスイーツを頬張る。 

 これまで食べたことのない美味しさが口の中に広がった。


 ああ、今日ここへ来てよかったわ!


 ホールには40名ほどの令嬢たちが集っている。

 この中に果たしてシリアン様の婚約者になりたいと本気で思っている人がいるのだろうか。

 全員が「サクラ」だったら笑うわね。


 そう思っているうちに、ようやく本日の主役であるシリアン様の登場となった。


 王族用の礼服に身を包むスラっと背の高い男性。

 灯りに照らされてキラキラ光るプラチナブロンドの髪と、それとは対照的な憂いをたたえる群青色の瞳、すっきりとした高い鼻梁、口角を上げて優雅に微笑む形のいい薄い唇、シャープな顎のライン。


 完璧だ。

 容姿は完璧な王子様だ!


 空になったお皿を給仕に返し、周りの令嬢に倣ってカーテシーをする。


「楽にしてください。本日は私のためにありがとうございます。お一人お一人に声をかけることを、どうかお許しください」

 シリアン様の伸びやかなテノールの声がホールに響いた。


 わたしたちが姿勢を元に戻すと、シリアン様はすぐ近くにいた令嬢に声をかけ始めた。

 早速、品定めが始まったようだ。


 わたしは目立たぬよう常にシリアン様の視界から外れるように場所を移動しながらスイーツを食べ続けた。

 幸いなことに知り合いは誰もいないから、わたしに声をかけてくるのは給仕だけだ。


 令嬢の集団からクスクスと楽しそうな笑いが漏れれば、シリアン様もそこへ吸い込まれるように移動していく。

 おそらくシリアン様とどうこうなろうとは思っていない令嬢ばかりのはずだが、あれだけ容姿端麗な男性が甘く微笑みながら話しかけてきたら思わず頬が赤くなってしまっても無理はない。


 言葉を交わした後、うっとりと瞳を潤ませてシリアン様の後ろ姿を目で追い、隣にいる友人につねられている令嬢もいた。


 遠巻きに見ている分には残念な要素はなさそうだけど……?

 ただ、この夜会自体が茶番だって時点でもう「残念」ではある。


 スイーツでお腹を満たし、上手くいけば壁の花のまま終わりそうだと思い始めた時だった。


 もう話しかけていない令嬢はいないかといった様子でシリアン様がホールをぐるっと見回し始めた。

 わたしは咄嗟に前に立つ令嬢に隠れるように少し立ち位置をずらしたが、もしかすると一瞬目が合ってしまったかもしれない。


 シリアン様が真っすぐこちらへやってくる。

 これはマズいと視線を床に落とす。


 ここでわたしにとっては幸いなことに、誰かが「何か焦げ臭くありませんこと?」と言った。


 その声を皮切りにみんなで鼻をすんすんしてみると、たしかに焦げたような匂いが漂っている。

 とそこへ、ホールに駆け込んできたメイドが慌てた様子で大声をあげた。


「火事です! 早くお逃げくださいっ!」



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