第5話 残念王子(3)
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夜会当日、朝からいつものように畑仕事をした後、昼過ぎに父の上司にあたるベリール伯爵家を訪問した。
大きなお屋敷に手入れの行き届いたバラ園のある広い庭。
門から邸宅の玄関へと向かう石畳のアプローチの途中には噴水まである。
まさに貴族の邸宅だ。
同じ文官なのに我が家との差は何なんだろうか。
にこやかに出迎えてくれた奥様との挨拶もそこそこに、案内されるがままに浴室へ連行される。
メイドたちの手によって長年積もり積もった垢を削られるがごとく、ゴシゴシと磨き上げられた。
いつも後ろで無造作にひとつ結びにしている髪には、いい香りの油をたっぷり塗られた。
ドレスの下に身に着けるビスチェとショート丈のドロワーズは、靴を買って余ったお金で新品を用意している。
わたしの下着姿を見たベリール夫人は、引き締まったいい体をしていると褒めてくれた。
「わたくしの若い頃にそっくりだわぁ」
いやいや、あなた農作業で鍬を振り回したりしたことないでしょうに!
まさかそうとも言えず、笑ってごまかしておくことにする。
わたしが持参した赤いヒールを確認した夫人は、メイドに
「これと同色のパニエがあったわよね。持ってきてちょうだい」
と、指示を出した。
そしてクローゼットからは白いドレスを持ってきた。
上半身は体のラインがわかるすっきりとしたデザイン、ウエストから下はふんわりと広がるスカートだ。
少し前までは、肩の部分を大きく膨らませたパフスリーブに、胸のあたりにはフリルをたくさんあしらったゴテゴテのデザインのドレスが流行していたけれど、今はこういうすっきりしたデザインが流行の最先端らしい。
「一周まわって昔わたくしが着ていたドレスがまた今の流行のデザインになっているって不思議よね」
一周まわりきってなかったら、どうなっていたんだろうか……とは考えないようにしよう。
赤いパニエの上に白いドレスを重ね着すると、ちょうどスカートの裾から少しだけ赤いレースが見えるという絶妙な取り合わせになった。
「そうだ! 赤いバッグもあったわよね」
髪は毛先を巻いてふんわりした感じにセットしてもらい、それと同時進行でお化粧もしてもらっている間、夫人は大はしゃぎでわたしのことを褒めちぎり、あれこれと世話を焼いてくれる。
夫人が部屋を出ている間に、メイドにお礼を言われた。
この伯爵家にはお嬢様が二人いて、長女はすでに婚約が決まっているという。
15歳になる次女はまだ婚約者がおらず、夜会の招待状が届いてしまったそうだ。
それだけで夫人はひどく狼狽して、
「うちの娘は可愛いからきっとシリアン様に見初められてしまう、どうしましょう」
と泣き崩れ、食事も喉を通らないほど憔悴してしまったらしい。
そこで「それならば、わたしが代役として行きますわっ!」と手を挙げたのがわたしで? 伯爵家一同、非常に感謝しているとのことだった。
つまり身代わりってことね。生贄と言ったほうがいいかしら?
愛娘がヘタに王子様に見初められたら断りにくい。かといって良い仲になって謀反の疑いをかけられるのも困る。
そういえば部下にもお年頃の娘がいたはずだ。一応男爵家だし代わりに行ってもらおう。
といったところだろう。
初対面のはずのベリール夫人が至れり尽くせりな理由もよくわかった。
でもここまでしてもらって、わたしも悪い気はしない。
平凡を具現化したようなわたしがシリアン様の目に留まる可能性はゼロだから大丈夫だ。
ドレスもバッグも良く似合っているからこのままプレゼントするという夫人のご厚意に遠慮なく甘え、わたしは伯爵家が手配してくれた馬車で夜会が催される離宮へと向かったのだった。
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