第7話 残念王子の夜会(2)

 火事ですって!?


 さすがは不運を呼び込む残念王子!

 と感心している場合ではない。


 優雅な夜会から一転してホールは大騒ぎになった。

 令嬢たちはキャーキャー金切り声をあげて入口へと殺到し、我先に逃げようとしておしくらまんじゅう状態だ。


「このお菓子、お土産に頂いてもかまいませんか?」

 すぐ近くにいた給仕に声をかけると、なに言ってんだコイツという顔をされたが、こっちだって必死だ。 


 この状況だと残ったお菓子は丸焼けになるか、消火作業で水浸しになるか、そうならなくてももう廃棄処分でしょう?

 もったいないじゃないのっ!


「かまいませんが、早くお逃げください」

「わかっております。もちろんそうします」


 バッグからハンカチを取り出して広げると、そこへプレートを傾けてクッキーをザーッとのせてくれた給仕に感謝しながらハンカチを結んだ。


 入り口を見ると、おしくらまんじゅうは解消されつつある。

 ほらね、こういう時は一呼吸置いて冷静になった方が安全に逃げられるのよ。


 実際、慌てて転んでしまったのか誰かに突き飛ばされてしまったのか、それとも予期せぬ事態に気分が悪くなったのか、倒れている令嬢がシリアン様の側近に抱き起されている。


 シリアン様の姿が見えないということは先に避難したのだろう。


 ホールから出ると右側の廊下の奥に灰色の煙が漂っている。

 反対側に逃げなければと思ったとき、その煙の中に向かって行こうとしている人影が見えた。


 あの後ろ姿、シリアン様じゃない!?

 何やってるのよ!


 肩にかけていたショールを頭からかぶって首に巻き付け、口と鼻を覆う。

 駆け出そうとしたが慣れないヒールで上手く走れない。

 仕方なくガツガツと床に叩きつけて両方のヒールを折った。


「なにしてらっしゃるんですか! そっちはいけません。こちらへ!」


 手を引っ張ると、緊急事態とは思えないぐらいゆっくり振り返ったシリアン様が首を傾げた。

 片手にハンカチを持って口元を押さえている。

 煙を吸わないようにという危機管理意識はあったようだ。

 

「きみこそ早く逃げた方がいいよ?」

「一緒に逃げましょう、こちらです!」


 引っ張るとおとなしくついてきたシリアン様だったけれど、引き返した先に落ちたままになっていたわたしヒールをひとつ拾い上げた。

「これ、きみの?」


「はい、走りにくいので自分で折りました。そんなことどうだっていいから、早くっ!」


 それなのに引っ張っていたわたしが建物内で迷ってしまい、シリアン様は肩を震わせて笑いながら「こっちだよ」と逆にわたしのことを引っ張ってくれた。

 外に出てみると他に誰もいない。どうやら違う出口に出てしまったらしい。


 振り返ると建物からまだ炎は上がっていなかった。

 ボヤ程度で済むだろうか。


「ありがとうございました。では、わたしはこれで」


 外に出るまで夢中で気づかなかったけれど、シリアン様の手は白くてすべすべだ。

 それに引き換えわたしの手ときたら、日焼けしているし農作業のせいで荒れてひび割れてガサガサ。

 それに気づいて急に恥ずかしくなり、手を放して挨拶もそこそこに帰ることにした。


「待って!」

 シリアン様に腕を掴まれてギョッとする。

「きみの名前は?」


 いや、それは困る。

 これがご縁で恋人に……なんて、まずないだろうけど、シリアン様の記憶に名前が残るようなことはしたくない。


「わたしは、ですから!」


 今度こそ駆け出すと、シリアン様はそれ以上追ってはこなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る