第15話 あきらめていただきたいんですが!(2)
「ねえ、誰かいるよ?」
「あのお兄さんたち誰?」
弟たちが指さしている。
「あれはね……人さらいよ。だから絶対に名前を教えてはダメよ。学校で習ったでしょう、知らない人に名前を教えてはいけませんって」
わたしは「モブ」として平々凡々な人生を送ることを望んでいるのだから、これ以上王子様と関わり合いになりたくない。
それではモブ失格だ。
万が一、家名を知られたら大変なことになりそうだから、弟たちにしっかり口止めした。
弟たちとわいわい言いながら畑に近づくと、向こうも我々の姿を認めてにこやかに手を振りながら近づいてきた。
「やあ、おはよう。少々早く来すぎたかな」
「いいえ、そもそも来ていただく約束などしておりません」
「つれないなあ。もしかしてこれが『ツンデレ』って言うやつか?」
こちらが塩対応でいなしても、シリアン様はまったく動じない。
ツンなだけで、デレてなどいませんが?
シリアン様がわたしの腰にしがみついて後ろからジロジロ見ている弟たちに視線を落として首を傾げる。
「顔がそっくりだね。双子?」
「はい、わたしの双子の弟たちです」
「ねえ、お兄ちゃんたち人さらいなんでしょう?」
「うちのお姉ちゃんをさらいに来たの?」
そう言われたシリアン様は、しゃがんで弟たちに目線を合わせた。
「そうだね。きみたちのお姉ちゃんをさらいに来ているのは事実だ」
「はあっ」
というテリーさんの小さなため息が聞こえた。
とにかく早く帰ってもらいたい。
そこで雑草を引き抜く作業を弟たちと一緒にやってもらうことにした。
「あちらから順番に、畝の周りの雑草を抜いてください」
弟たちが痺れ草のほうには近づかないよう逆側から雑草を抜いてもらう。
雑草抜きは重労働だし、爪の間に土が入って真っ黒になってしまう。
少しやれば懲りるはずだ。
「朝からお疲れ様です。昨日の農作業で体は痛くありませんか?」
テリーさんにこっそり聞いてみると「いいえ、まったく」と微笑まれた。
「重い長剣の素振りの動作に似ていますよね。運動不足にならぬよう私と殿下は鍛錬の一環としてやっておりますので」
むうっ、青っ白い顔をしているからてっきり運動なんてしていないと思っていたのに!
背後から「わあっ!」と弟たちのはしゃぐ声が聞こえて振り返ると、大きな株に成長して根が深くなってしまった雑草を3人で協力して抜いたようだ。
シリアン様がその雑草を、嬉しそうな顔で「ほら見てくれ」と言いたげにこちらへ掲げて見せて笑っている。
なかなか抜けなくて困っていたのよね。
さすがだわ。
両手を頭上に上げてパチパチと大きく拍手してみせると気を良くしたのか、シリアン様は別の雑草に取りかかり始めた。
「お兄ちゃん、すごい!」
「お兄ちゃん、こっちも!」
弟たちはすっかりシリアン様と仲良くなっている。
人さらいに懐いてどうする!
シリアン様はきっと、弟たちと同レベルで畑仕事が物珍しくて楽しいのだろう。
すぐに飽きるにきまっている。
早く飽きて、もう来ないで欲しいっ!
「シリアン様は子供が苦手ではないのですね」
「年に数回、孤児院へ慰問をしていますので。勉強を教えたり物語を語って聞かせたり、むしろ子供の相手は得意分野です」
くそう、失敗したわ。
畑仕事に加えうちのアホな弟の相手をさせてゲッソリさせる作戦だったのに、やけに楽しそうにしているのはそういうことだったのね。
「テリーさん、殿下がわたしをさらいたいとはどういう意味なんでしょうか」
畑の水やりを手伝ってもらうために、テリーさんとともに井戸へ向かいながら最大の疑問を尋ねてみた。
「申し訳ございません。迷惑そうにされているのは感じていましたが、殿下はいま遅い初恋を体験されているのです。口説き方がおかしいのは鋭意指導中ですのでどうかご容赦ください」
井戸に吊るされたロープを引っ張って水を汲み上げ、桶に移してまたロープを戻して引っ張り上げる作業を難なく、そしてわたしの倍ぐらいのスピードでこなしながら、テリーさんが申し訳なさそうな顔を向けてくる。
「随分と遅い初恋なんですね」
たしかシリアン様は22歳ではなかったかしら。
「はい。幼少期からあまり同年代の女性と接する機会がなかったようなので。学校にもほとんど通えないまま家庭教師に切り替えましたので」
それは知っている。
疎まれっ子の第三王子には常に不運が付きまとう。
不運で片付けられているが、実は全て暗殺未遂だという噂もある。
だから周囲を巻き込まないために離宮でひっそりと暮らしているというのは、有名な話だ。
「はい。多少は存じ上げています。それで、殿下の初恋のお相手とは?」
かわいそうに。シリアン様に見初められて結婚でもしたら、常に身の危険に晒されるではないか。
彼に対してよほどの愛情を持っていない限り、そんな生活は地獄でしかない。
水を汲み終わったテリーさんが首を傾げながらこちらを振り返った。
「もちろん、あなたですよ。あの夜会で殿下はあなたのことを見初めて、ぜひ恋人に、ゆくゆくは妻にと思っていらっしゃいます」
嘘……わたし!?
嫌よ、絶対に嫌っ!
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