第25話 残念王子の人生設計(1)

 寝不足の体で朝から絶叫したためか足元がフラついてしまった。

「おっと」

 そんなわたしを長い腕を伸ばして難なく支えてくれたシリアン様が、じーっとこちらを覗き込んでいる。


「サクラ、顔色が悪いな。疲れているんじゃないか?」


 あなたのせいですよ!

 あなたのことを一晩中悶々と考え続けて眠れなかったんです!


 と言ってやろうか。

 そう考えているうちに、足がふわりと浮いて――。

 

 気づけば横抱きにされていた。

 いわゆる「お姫様抱っこ」というやつだ。


「~~~~っ!?」

「暴れるんじゃない。落っことしてしまうだろう?」


 いやむしろ、落っことしてくださいっ!

 なんて心臓に悪いことをするかしら。


「降ります! 大丈夫ですから!」


「サクラ」

 シリアン様の声がいつもより低い。

「もっと甘えて欲しいと言ったよね? 具合が悪いのにこの雨の中わざわざ会いに来てくれたなんて、すまなかった。馬車で送ろう」


 困るわ、家には母がいるもの。


「待って! 家には今、母が居るので……その……」


「そうか、継母に叱られるのだな。わかった、では今日はきみを離宮に招待するとしよう」


 なんでそうなるの!?


 困りますと何度も断り押し問答しているうちにいつの間にか姿を消していたテリーさんが、馬車に乗って戻ってきた。


「馬車で離宮に行くか、お姫様抱っこのまま歩いて離宮に行くか、どっちにする?」

 シリアン様はうれしそうに笑っている。

 

 なんだその二択は。

「行かないという選択肢はないのですか?」


「ん? ないよ?」

 

 ああ、もうっ。にっこり笑いながらいつも強引なんだから!


 大体、雨の中お姫様抱っこのままで離宮までなんて行けっこない。

 だからといって、ここで意地悪をして「お姫様抱っこで」と言えば、シリアン様は何時間かかってでもそれをやり遂げようとするだろう。


「では馬車でお願いします」

 そう言うしかなかった。



 離宮はあの夜会の日と同じ佇まいだった。

 しかしボヤ騒ぎで、厨房は消火活動により水浸しとなったようだ。

 調理器具の総入れ替えをしている関係で料理が作れないため、あの夜会の翌日からシリアン様は王城の客室を間借りしていたのだという。


 その改装工事が昨日終わったため、近々また離宮に戻ることになるらしい。

「そうなると畑に行く時間が今より少し遅くなるかもしれないんだ」

 シリアン様が残念そうに顔を曇らせる。

 

 もう来ていただかなくて結構です。とわたしが言う前に、

「それでもこれからも畑仕事を手伝うからね」

とにこやかに言われてしまったため、断りにくくなった。


 離宮のシリアン様の執務室の応接ソファに向かい合って座ると、数枚の紙がテーブルに並べられた。


「ちょうどいいから説明するよ。私の今後の人生設計と、私が家族を持った場合に金銭の流れがどのようになるかを試算してみたんだ」


 綺麗にそろった文字で年表のように書かれている人生設計にまず目を通す。

「ええっと……結婚2年目で子供が生まれるんですか? そのあとは2年おきにポンポンと4人!?」


「うん、結婚から1年ぐらいはふたりっきりで甘~い生活を送りたいと思ってね」

 シリアン様が頬を赤らめながら笑う。


「まあそれはいいとして、子供は授かりものですからね」

 こんなに計画通り行きっこないのは、身近にその実例があるからわかっている。


 うちの両親は、第一子であるわたしが生まれた後、3歳違いぐらいで二人目を作る計画だったらしい。

 ところがなかなか授からず、とうとう12年も間が空いてようやくできたと思ったら、まさかの双子だったのだから。


「ちなみに、子供4人はどういう根拠ですか?」


「子育てにはお金がとてもかかることが今回調べてみてよくわかったんだ。貴族の学校に通わせるとなると、何か新規事業が大当たりでもしない限り子供は四4が限界かなと思う」


 意外とよくわかってるじゃないの!

 少しだけ感心した。

 まさに我が家は弟たちの学費でヒーヒー言っている状態で、高等学校までずっと貴族の学校へ通わせるとなるとそれがあと10年続くのだ。


 お金の流れの書類に目を通してまず驚いたのは、支度金の持参金の金額だった。

 想像していたよりもずっと多い!


 わたしが桁を数えながら面食らっているのに気づいたシリアン様が笑った。

「最初は王都の借家にでも住んで、じっくりいい物件を探そう。支度金の半分を上限に新居を購入しようかと思っている。きみの希望を取り入れるつもりだから考えておいてね」


 いやいや、まだ結婚すると決まったわけではありませんから!


「この定期的な収入はどこからですか?」


「私が王室を離れたら無職も同然だが、だからといってヒモになる気はないから安心して欲しい。これはいろいろな事業に投資している配当金を念のため少し低く見積もって算出したものだ」


 これまでもそうやって財テクしながら持参金を自力で貯めていたらしい。

 王子様を婿にもらっても、どうせ何もできない穀つぶしだと思っていたのはとても失礼な勘違いだったようだ。


 そしてその収入の一部を孤児院への寄付に充てているのも好感が持てる。

 これまでは決まった額を定期的に寄付していたようだけれど、結婚後は家計の安定を優先して配当金の何パーセントという形にしようかと思っていると言われた。


「それだと予期せぬ不景気で配当が少なかった場合、寄付金もゼロに近くなってしまいます。でもそういうときこそ孤児院の役割が大きくなると思うので、ベースの金額を固定してそこに上乗せがいいかもしれませんね。それぐらいはどうにか頑張ってみましょうよ」


 言ってからしまったと思った。

 これではまるで、結婚に乗り気どころか、もう承諾したも同然のような口ぶりではないか。


 どうごまかそうかと考え始める前に、シリアン様が顔を綻ばせて甘く笑った。


「きみのそういう献身的なところが大好きだよ」

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