第24話 日課になってしまったようです(2)

「どうやら、シリアン殿下に恋人ができたようなんだよ」


 夕食後、お酒でほろ酔いになった父が漏らしたその言葉に、わたしは紅茶を吹き出しそうになった。


「あら、おめでたいわねえ。あの夜会で知り合ったのかしら」

「そうかもしれないね」

 両親のやり取りに戦々恐々とする。


 父によれば、先月の離宮の会計報告書を見たところ交際費の出費が突然伸びており、カフェでの飲食や美容品の購入に充てられていたという。

 それを見た会計担当一同は、ついにシリアン殿下に恋人ができたのでは!? と密かに盛り上がったらしい。


 話を聞きながら心拍数がどんどん上がってしまったわたしは、普通の顔をしていられたかどうか自信がない。

 救いは、わたしのことなど蚊帳の外で夫婦で話を続けてくれたことだろうか。


 父は普段、仕事の話をほとんど家ではしない。

 国家の会計管理の一端を担っているという立場上、守秘義務により家族に話せないことが多すぎるのだ。

 

 そんな父がほろ酔いとはいえ王子のお金の使い道を思わず漏らすということは、それだけおめでたいことだと浮かれているか、これでまた娘を夜会に参加させろと強要されずに済むと安堵しているかのどちらかだろう。


 その「恋人」と目されている人物がわたしだと知ったら目の前にいる両親はどんな反応をするだろうか。

 両親にとんでもない隠し事をしている罪悪感に苛まれながら、早く決着をつけなければと焦る。


 その夜、ほとんど寝付けないままに悶々とシリアン様のことを考え続けた。


 こんな平凡で何のとりえもなく見た目が美しいわけでもない極普通のわたしを、「ズキュンときた」という理由で見初めていただいたのは光栄なことだ。

 しかしその反面、迷惑でもある。


 モブのわたしと王子様が釣り合うはずもなく、分不相応だと何度言っても聞き入れてもらえない。

 お婿に来てもらっても、ただでさえ狭い家に大人の男がもうひとり増えたらぎゅうぎゅうだし、別の家を借りて住むにしてもお金がかかってしまう。

 それでは我が家は暮らしていけないのだ。


 支度金と持参金があるとは聞いたけれど、額は知らないがそんなものあっという間に生活費の補填で食いつぶしてしまうだろう。


 いっそこの家に呼んでみて「ほら、こんな狭い家で暮らせますか?」と我が家の現状を見せる手もある。

 しかし両親がいない隙に若い男を連れ込んだりしたら、近所でどんな噂が立つかわからない。


 もしもシリアン様が王子様ではなくただのモブだったら、わたしは「貧乏だけど頑張りましょうね!」と手に手を取って喜んで結婚を快諾したんだろうか?


 シリアン様は意外なほど畑仕事に真剣に取り組んでくれているし、このままずっと……。

 いやいや、王子様にそんな「モブ人生」を歩んでもらうわけにはいかない。


 わたしに向かって甘く微笑んでくれる綺麗な顔を思い浮かべるたびに胸がツキンと痛んだ。



 翌朝は雨が降っていた。

 毎朝畑に来るのが日課となっているシリアン様は昨日、「また明日!」と言っていたから、雨だろうが何だろうが今日もテリーさんと共にやってくるに違いない。


 わたしの貧乏くさい暮らしぶりを見て畑仕事をさせたらすぐに逃げ出すだろうと踏んで今日までズルズルと奇妙な関係を続けてきたけれど、これ以上期待させてはならない。


 今日はきっぱりお断りしよう!


 そう決めて、鼻息荒く畑に向かった。



「もうこれっきりにしましょう」

「ああ、今日は水やりは不要だね」


「いえ、そういうことではなくてですね、もう諦めてくださいと申し上げているんです!」

「そうだな、今日はもう畑仕事は無理だろうね」


「もおぉぉぉ~っ! 違いますぅ~~~~っ!」


 わたしの絶叫が雨空の畑に響き渡った。


 

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