第23話 日課になってしまったようです(1)

 朝、畑に出向くと必ずシリアン王子と側近のテリーさんが待っている。

 怖いから何時からここに居るのかは敢えて聞かないようにしている。


 すぐに音を上げるだろうと踏んでいたのに、もうかれこれ2週間ほどになるだろうか。


 母には、畑仕事は一段落しているからひとりで大丈夫だと言ってある。

 母とシリアン様が鉢合わせたら大変なことになりそうだもの。


 すっかり日課になりつつあるけれど、それをストカーだとか気持ち悪いと思わないのは、わたしにも少なからずシリアン様を慕う気持ちがあるのかもしれない。


 その証拠に、一通り畑仕事を手伝ってもらった後に「明日は朝から孤児院の慰問があるから会えない」と告げられた時、ひどく寂しくなってしまったのだから。


「そうですか。ご公務頑張ってくださいね」


「そんなに寂しそうな顔をされると困るな」

 何でもない風に言ったつもりだったのに、野暮天なシリアン様にもハッキリわかるほど顔に出ていたんだろうか。

 

 ベンチに座るように促されて従うと、シリアン様がポケットから小瓶を取り出した。

「最近私もね、同じ軟膏を指に塗るようにしているんだよ。2週間畑仕事をしただけで指先がカサカサしてしまうんだから、サクラはそれをずっとやってきたなんてすごいね」


 そいう言いながら瓶のふたを開け、綺麗な長い指で軟膏をすくってわたしの手を取った。


「いつもご苦労様」

 甘い微笑みと共に優しく丁寧に指一本一本に軟膏を塗ってもらうと指先にじんわりと温かみが広がる。

 それがいつもより熱いように感じてしまうのはなぜだろう。


「明後日、また会えますか?」


 思わずこぼれた言葉に、それを言った自分が一番びっくりした。

 地味で目立たないモブであり続けることを信条にしてきたわたしが、王子様に向かってそんなおねだりをしてしまうだなんて!


「ああ、もちろんだ」

 熱い吐息を吐き出すようにそう言ったシリアン様は、わたしの指に唇を寄せて嬉しそうに笑ったのだった。



 こうしてシリアン様は、公務のない日は――つまりほぼ毎日なのだけれど、我が物顔で畑に通ってくるようになった。

 畑について勉強もしてくれているらしく、どういった肥料を使っているのか、他の肥料を試してみるのはどうかといった話もするようになった。


 弟たちを連れてきたそんなある休日。

 痺れ草の畝に再び痺れ茸が生えてきているのを確認してたため、今日は雑草抜きはいいからベンチで勉強してなさいと宿題を持参してきたら、シリアン様が熱心にふたりに勉強を教えてくれた。


 飽きっぽい性格の弟たちだけれど、シリアン様が上手く相手をしてくれているようで楽し気な笑い声が響く。

 それを聞きながらわたしは畑仕事に精を出した。

 

 畑からの帰り道。

「人さらいのお兄ちゃんねえ、すごくわかりやすかったよ」

「簡単に計算するやり方を教えてくれたんだ!」


 興奮気味に話す弟たちの声に耳を傾けながら、これを機に少しでも勉強に興味を持ってくれたらいいんだけど……と思っていたら、早速その成果が出た。


 それから三日後の夕方。

 母が鼻歌を歌いながら夕飯の支度をしている。

 上機嫌だなと思っていたら、弟たちが学校のテストで揃って満点をとったのだという。

 

 そして、それに気を良くした弟たちは、張り切って宿題や予習を頑張っている。


「計算が得意だなんて、やっぱりお父さんの子ね!」

 父は王城で会計の仕事を担当している。

 だから息子たちもそれに似たのだろうと母は思っているようだけど、父のおかげではなくシリアン様のおかげだと思う。


 でもそれを言ってしまうと、母に「シリーさんって誰? 男の人?」とあれこれ追及されそうだし、弟たちは「シリーさんは人さらいなんだよ!」と言いかねないから、黙って母の思い込みを肯定しておくことにした。


 しかもこの後さらに、親に隠し事をしているという後ろめたさが倍増する出来事が起こってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る