第19話 雨の日のデート(2)
到着した靴屋は開店前だった。
しまった、家から畑まで早足で歩いたから思った以上に早く着いてしまったらしい。
ここまでの道中で靴の修理代金をシリアン様に払ってもらう義理はないと訴えたのだけれど、真顔で「義理なら有り余るほどにある」と返されてしまった。
「夜会でのボヤ騒ぎがなければヒールを折ることもなかったはずで、主催者である自分が弁償するのは当然だ。本来ならば修理ではなく新品の靴を贈りたいところだが、慎ましやかなきみはそれをよしとしないだろうから、修理代金はもちろんこちらが支払う」
シリアン様のその主張は確かにもっともだ。
頑なに拒否すれば逆に恥をかかせてしまうことになるため渋々了承した。
「店先で開店を待ち構えるのも何だから、あそこのカフェで待つことにしよう」
コーヒーを飲んでから出勤する人や、夜勤明けで朝食を摂る人のために早い時間から開店しているカフェが近くにある。
そのカフェに向かってスタスタと歩みを進めるシリアン様の背中をぽかんと眺めていたら、「さあ、我々も参りましょう」とテリーさんに笑顔で背中を押され、断る機会を逸してしまった。
カフェに入るとテリーさんが店員に何かを告げ、衝立で仕切られている奥のテーブルへと案内された。
シリアン様と向かい合わせで座り、テリーさんは衝立の向こうのテーブルにひとりで座る。
注文を取りに来た店員に、3人分のホットコーヒーとビスコッティを注文し、そのうちのひとつは隣のテーブルへと指示したシリアン様は、わたしを見てにっこり笑った。
「コーヒーでよかった?」
「いえ、あの……殿下、わたし実は、カフェに入るのが初めてで」
普通の貴族のご令嬢ならば、学校の帰りや休日にお友達と連れだってこういうお店でおしゃべりに花を咲かせたりするのだろう。しかしわたしは経済的にも時間的にもそんな余裕など一切なかった。
だから今こうして自分が憧れのカフェにいるというだけで、落ち着かない。
今日は靴の受け取りのための外出だから農作業用の泥んこのブーツではないし、服装もそれなりだけれど、それでも場違いなのではないと思ってしまう。
「そうか。カフェ初体験に同席できただなんて光栄だな。次はまた別のカフェに行ってみよう」
いやいやいや、次とは!?
「困ります。わたしあまりお小遣いがないので、そんな贅沢はできません。何度も申し上げている通り、わたしと殿下では住む世界が……」
待った!とシリアン様が手で制す。
「ここで『殿下』はやめてくれないか。できれば『様』もつけて欲しくない」
やだ! 動揺して声が大きくなってしまったわ。
気を付けますと頭を下げる。
「私のことは、そうだな。シリーでもシー君でも、もっと気安く呼んでくれたらいいよ?」
このような誰がいるともわからない場で大声で「殿下」とうっかり言ってしまった手前、シー君て……自分で言ってて恥ずかしくないですか?とは言えない。
笑いをこらえて口元をもにょもにょさせていたら、恥じらっていると勘違いさせてしまったらしい。
「恥ずかしがらずに言ってごらん?」
と甘く微笑まれてしまったのだった。
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