第37話 それから(2)

「リチャード様は、わたくしだけの夫よっ! 離縁も側妃も、ぜえっっったいに、嫌ですわっ!」


 畑に可愛らしい声が響き渡る。

 絶叫と言うにはあまりにも可愛い鈴の音のような声で叫びながらエミリア妃が一心不乱に鍬を振るっている。

 その様子はどこかオカルトチックではあるけれど、エミリア妃ご本人はお構いなしだ。


「いいねえ、私のエイミィは頼もしいね」

 か細くて華奢な体のどこにこんなパワーを秘めていたのだろうと呆気にとられるほどに鬼気迫るエミリア妃の鍬の振るいっぷりを見て、夫であるリチャード様は愛おしそうに目を細めている。


 そんなリチャード様も、ただその光景を眺めているだけではなく、井戸から水を汲んで畑に撒く作業を繰り返しているところだ。

「これはなかなか、いい鍛錬になるね」


「リチャードお兄様もそう思われますか? 私もです!」

 一緒に水汲みをしているシリアン様がパッと嬉しそうに顔を輝かせる。


 そんな可愛い弟の様子を見て、また目を細めて笑うリチャード様だ。


 そう、わたしが提案した償いは、畑を自分たちの手で元通りにしてもらいたいということだった。

 エミリア妃のシミひとつない白磁のような肌はとても綺麗だけれど、手が冷え切っていて健康な状態とは思えなかった。


 正直お姫様が畑など耕せるはずがないと思っていたから、たいして期待はしていなかった。

 ただ朝日を浴びながら土いじりをすれば、心が癒されてストレス発散になるのではないかと思ったのだ。

 実際にその通りだったけれど、発散方法が予想外だった。

 エミリア妃は実はおてんばなのかもしれない。


 とそこへ、馬車が一台やって来て畑の入り口で止まったかと思うと、中からこれまた見目麗しい男性が降りてきた。

 第二王子のルーク様だ。


 栗色の髪と涼し気なエメラルドの瞳は長兄のリチャード様と同じだが、銀縁メガネと細身の体が怜悧な印象を与える。

 無表情でシリアン様をガン無視している様子は、周囲の温度を下げるような冷酷さがにじみ出ていたと聞いている。

 しかし実はこのお方、笑うと印象がガラっと変わる。

 

「おいおい、私を差し置いて楽しそうじゃないか」

 にこにこと笑いながらシリアン様の前に立つルーク様の周囲に可愛らしいお花が見えた気がした。


「ん? シリアンはまた背が伸びたんじゃないか?」

「いいえ、お兄様。身長は2年前に止まりました」

「そうか! ということは、私が縮んだってことかな。あははっ参ったな」


 この兄弟は、3人とも実はとても朗らかな性格だ。

 きっと「朗らか」な因子は父親である国王陛下譲りなのだろう。

 母親が違うという壁がまったく見当たらないほどに、本来この3人は仲がいいということもよくわかった。



 畑仕事が一通り終わって、リチャード様とエミリア妃、わたしとシリアン様が互いの手に軟膏を塗りっこしている様子を見たルーク様がまた拗ね始めた。


「おいおい、なんだそのイチャコラは。明日は私の妻も連れてこないといけないな」


 そしてルーク様はテリーさんを振り返ると、にこやかに笑った。

「テリー、あぶれた者同士で塗りっこしようじゃないか」


「嫌です! お断りします!」


「なんだ、照れ屋さんだな」

「違いますっ!」


 こうしてわたしの畑は、お忍びの王族が集まる何とも豪華で和やかな笑顔溢れる場所となったのだった。


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