第36話 それから(1)
父の随分と早い帰宅に、母は面食らっていた。
それでも、わたしが結婚することになったと父から聞かされると、
「そうなるんじゃないかって思ってたわ」
と笑った。
ただそのお相手が第三王子だと知ると、ひどく驚いていたけれど。
シリアン様との馴れ初めとその後の経緯を正直にすべて話すと、両親はちょっと複雑そうな顔をしていた。
でもそもそも夜会に参加しろと言ったのは父なわけだし、わたしがそれでいいのならと最終的には笑顔で了承してくれたのだった。
ちなみに弟たちの反応はというと……。
「お姉ちゃんね、あのお兄さんと結婚することになったから」
「人さらいのお兄ちゃんが?」
「本当にお姉ちゃんをさらっていくってこと!?」
驚きつつも、なんだか嬉しそうにしていた。
翌日。王城に呼び出されたわたしは、改めて第一王子のリチャード様ならびにエミリア妃と対峙した。
痺れ茸の毒がすっかり分解された様子のエミリア妃は、小さくて可愛らしい艶やかな唇をきゅっと引き締め、わたしの手を握って深々と頭を下げた。
「夜会でのボヤ騒ぎも、あなたの畑を荒らせと命令したのも、わたくしで間違いありません。申し訳ありませんでした。そんなわたくしたちに解毒剤まで用意していただいて、とても助かりました。ありがとうございます」
エミリア妃がそんなことをしたのは、お世継ぎ問題が関係していたらしい。
隣国から嫁いできて6年経っても懐妊の兆しすらなく、王妃様からはまだかまだかとせっつかれていたという。
子供がいないせいでリチャード様は立太子できないのだという噂を耳にするにつけ、このままでは祖国に帰されてしまうのではないか、あるいは「側妃を」というような話になるのではないかと悩んでいたようだ。
そこへ第三王子の婚約者探しが始まり、もしもトントン拍子にことが進んでシリアン様に先に子供ができたりしたらどうしようかと焦燥感に突き動かされて、邪魔してやろうと思ったのがきっかけだったらしい。
なんとも安直な動機は、それだけエミリア妃が思い悩んでいた証拠なのかもしれない。
説明しながら涙を流す妻の肩を優しく抱き、ハンカチで頬を拭ってあげているリチャード様によれば、エミリア妃がそこまで悩んでいるとは思っていなかったらしい。
昨晩、王妃様にも「プレッシャーを与えることばかり言わないでいただきたい」と釘を刺したそうだ。
「私たち夫婦の問題にあなたを巻き込んでしまって申し訳ない。畑の弁償はもちろんだが、ほかにどのような償いをすればいいだろうか」
先ほど触れたエミリア妃の手がとても冷えていることが気になって、わたしはその場である提案をしたのだった。
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