第38話 エピローグ
―― 3年後。
離宮の中庭にふたりの赤ん坊のキャッキャとはしゃぐ声が響く。
芝生の上で遊んでいるのは、リチャード王太子殿下の第一子・レオナルド様と、わたしの娘・サクラだ。
畑仕事でストレスを解消して心身ともに健康になったおかげか、めでたくリチャード様ご夫妻に御子が誕生した。
そして、エミリア妃のご懐妊が判明した翌週、なんとわたしのお腹にも新しい命が宿っていることが判明したのだ。
時期が重なったこともあり、エミリア妃とは妊娠中の悩みや出産準備、子育ての悩みなどを、こうして離宮で定期的に会って情報交換する仲になってしまった。
ともに1歳の誕生日を迎えたばかりの子供たちだが、発達はレオナルド様の方が早いようで、もうヨチヨチ歩きをしている。
サクラはそれを、きゃあきゃあ楽しそうに声をあげながらハイハイで追いかけている。
「わたくしね、将来このふたりが結婚すれば素敵だと思っておりますの」
エミリア妃の爆弾発言に、ブッ!と紅茶を吹き出したのは、わたしではなく夫だった。
「サクラが結婚!?」
娘を溺愛している夫の声が裏返り気味だ。
テリーさんが苦笑しながら夫にハンカチを手渡している。
テリーさんは第三王子の王室離脱を機に「第三王子の側近」の任を解かれ、その後しばらくは「畑担当」というよくわからない仕事を与えられた後に、将来の王位継承者になるであろうレオナルド様の側近に大抜擢された。
「側近だなんて名ばかりで赤ん坊のお守ですよ。まあ、前の主人も赤ん坊みたいな人でしたけどね」
そんなことを飄々と言うテリーさんは、結局なんだかんだと前の主人の世話も焼いている、尽くすタイプの男性だ。
「あら、王族や貴族ではこれぐらいの年齢で婚約が成立するのもよくあることですわ」
母親になっても可愛らしいエミリア妃がにこやかに笑う。
その笑顔に、決して冗談で言っているわけではありませんよという無言の圧力が見え隠れしているように思えるのは気のせいだろうか。
「いえいえ、サクラはモブですから! 王室の方と婚約だなんてとんでもない! レオナルド様はどうぞ、御父上を見倣って外国のお姫様と政略結婚させてくださいっ!」
なんだか、いつかどこかで聞いたようなセリフを夫が上ずった声で言っている。
「さてと、私はこれから仕事がありますゆえ、これにて失礼いたします」
そして逃げ出した。
わたしたち親子は畑のすぐ近くの借家で暮らしている。
シリアン様は結婚後に通称名を「シリー」に変え、午前中は畑仕事を、夕方からは貴族の子息令嬢の家庭教師をしている。
家庭教師をするようになったきっかけは、わたしの双子の弟たちがともに成績優秀者として学校で表彰され奨学金をもらうまでになったことだ。
あのアホっぽい双子が突然天才になったのはなぜだ?と噂され、義理の兄に勉強を教えてもらっていると聞きつけた保護者たちから「うちのバカ息子にもぜひ!」と引っ張りだこになった。
こうしてわたしの夫であるシリーさんは、庶民の暮らしに溶け込みながら「モブ生活」を謳歌している。
妻を愛し娘を溺愛する、よき夫でありよき父親だ。
まあ「モブ」と言ってもあまりにも容姿端麗ですべての所作が洗練されているため、本人が思っている以上に目立っていて、本当はちっともモブではない。
周囲も、この人って多分……と「シリーさん」の正体に薄々気づきながらも、敢えてそれを追求せずに生温かく見守ってくれているのだ。
気にしていないのは弟たちぐらいじゃないだろうか。
かつての側近になにやら文句を言いながら離宮の庭を後にする夫の後ろ姿を見送った。
「あらあら、お父様はサクラちゃんをお嫁に行かせたくないご様子ね」
「先が思いやられますね」
エミリア妃とわたしのクスクス笑う声と、子供たちがきゃっきゃとはしゃぐ声が青空に吸い込まれていった。
<完>
第三王子はモブを振り向かせたい 時岡継美 @tokitsugu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます