第三王子はモブを振り向かせたい
時岡継美
第1話 しがない男爵家(1)
モブ(Mob)とは「その他大勢の群衆」のことであり、物語やゲームでは名を持たない脇役の総称である。
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我が家はしがない男爵家だ。
男爵位とは名ばかりで領地も持たず、父は王城で文官として働いている、いわゆる「宮廷貴族」というやつだ。
同じ宮廷貴族の中には広大な領地を王国に返納し、その見返りとして毎年多額の年金を受け取っている悠々自適な家門も多い。
しかし大昔の戦争で武勲をあげたご先祖様が男爵位を賜っただけの我が家は、領地など持ったことがない。
そのときに一代限りで爵位を返上してくれればよかったのに、なんの見栄か世襲が続いている。
父は男爵位があるからこそ王都に居を構え王城で働けるのだと言うけれど。
当然年金もなく、父の給金だけでは妻と3人の子供を養っていくには苦しいため、家の庭を耕して薬草を育て薬屋に売ることで生活の足しにしている状態だ。
そう、回りくどい言い方をしてしまったけれど、つまり我が家は貧乏なんです!
元は母が庭で細々とハーブを育て、それを薬師のラミの店に納入していた。
それをわたしが引き継いだのは、年の離れた双子の弟たちが生まれた時だ。
当時わたしはまだ学生だった。
朝ハーブを摘みとってラミの薬屋に持っていき、その足で学校に通った。
我が国には運営費の大半を国が賄っている平民用の学校と、親から多額の学費と寄付金を搾り取る貴族用の学校がある。
わたしは平民用の学校で十分だったのに父が猛反対した。
そこだけは貴族としての矜持があるから譲れないのだという。
授業の合間の休み時間、わたしは学校の図書室でハーブや薬効の高い植物の図鑑や栽培方法を読み漁った。
下校途中に食材を買って家に帰るとハーブのお世話をした後、夕飯の支度を手伝うか弟たちの子守をするという目の回るような生活を送った。
決して嫌々やっていたわけではない。
弟たちはとても可愛かったし、母の力になりたい一心だった。
勉強時間を削るしかなかったため学校の成績は中の下といったところだった。
同級生たちとの交友関係を広げる時間も気力もなかった。
そんなわたしは目立たない存在で、きっとほとんどのクラスメイトがわたしの名前はおろか顔すら憶えていないだろう。
卒業を迎えた時は、やっとこの忙しい生活から解放されて薬草栽培に専念できる!と心底ほっとしたのを覚えている。
ラミがあれこれ指南してくれるおかげで立派なハーブや希少価値の高い薬草を栽培できるようになり、そこそこ稼げるようになっていたため就職はしなかった。
いまのところお嫁に行くあてもない。
わたしの卒業から2年が過ぎた今年、やっと双子の弟たちが初等学校へ通い始め、母と二人で薬草栽培ができるようになった。
弟たちも貴族用の学校に入学したため、当然学費の負担はすさまじい。
貴族学校入学のためにせっせと貯金してきたけれど、これから先、常に二人分の学費がかかると思うとお金がいくらあっても足りない。
母とわたしはさらなる事業拡大を目指して畑を借りた。
そこそこの広さがあるため、ハーブや薬草のほかに野菜も育てている。
定番のハーブだけでなく、育てるのが難しいとされる薬草の栽培にもどんどん挑戦してみたい。
いずれは自分で育てた薬草を使って薬も作ってみたい。
そんな夢もある。
早朝から夕方まで畑仕事に精を出すわたしの単調な日々が一変したのは、ある招待状がきっかけだった。
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