第21話 雨の日のデート(4)
衝立からテリーさんが顔をのぞかせる。
「平たく言えば、一目惚れでございます」
テリーさんのフォローがなければ「ズキュンときた」の意味がさっぱりわからなかっただろう。
しかし意味がわかったところで、わたしの選択肢はお断りの一択だ。
「単刀直入に申し上げると我が家には男子がふたりおりますので後継者に困っていません。婿入り先を探してらっしゃるのでしょう? 我が家は身分の高いお方を受け入れるような家柄ではありません」
「どうしても婿入りしたいわけではないんだ。最悪、独身のまま新たな爵位をもらって離脱する方法もある」
じゃあ、そうしてくださいませ。
それが思いっきり顔に出ていたらしい。
シリアン様が頬を若干赤く染めて、はにかむように言った。
「わがままを言っていることは重々承知しているけど、恋愛結婚というものをしてみたいんだ」
「じゃあ、爵位をもらって独立してから恋愛結婚すればいいのでは?」
この見た目の麗しい王子様の何がネックになって皆さんが敬遠しているかって言うと、王妃様に目を付けられて疎まれているため大っぴらに味方をしてあげられないということがひとつ。
もうひとつは、不運な出来事により何度か命を落としかけているという点だ。
「うん、それももちろん視野に入れていたんだけど、その前にきみに出会ってしまったんだよ。もしも私の今の肩書に抵抗があるのなら、今日帰ってすぐに離脱と叙爵の手続きに取り掛かってもいいんだけど、多分とても時間がかかると思う。それまで待てるなら、その間は婚約者として恋愛しようか。それもいいね♡」
待ってください! なぜ語尾にハートマークがつくんですか!
わたしがもうOKを出しているかのような展開になっていませんか!?
「わたし、結婚してすぐに夫を不幸な事故で亡くして未亡人になるのは嫌です」
巻き込まれて一緒に死ぬのももちろん御免だ。
きっぱりと拒否したつもりだったのに、シリアン様はにっこり笑った。
「心配には及ばない。私が王室を離脱すれば、それは解決するはずだから」
どういう意味だろうかと首を傾げていると、シリアン様は独り言のように続けた。
「これは今きみに言ってしまってもいいのかなあ……実はね……」
そこですかさず衝立から顔を覗かせたテリーさんが「いけません」とストップをかけた。
よかった。
今シリアン様は、とんでもない国家機密をバラそうとしていたのではないだろうか。
そんなものを聞いて秘密を共有してしまったら、もうモブではいられなくなる。
テリーさん、ナイスフォローよ!
わたしは残りのコーヒーをグイっと飲み干して立ち上がった。
「さ、そろそろ出ましょうか」
靴屋も開店している時間のはずだ。
ヤバい話になる前に逃げよう。
カフェの出口へと向かう途中、お会計の手前のショーケースに並ぶビスコッティに目が留まった。
とても美味しかったから今度また臨時収入が入った時は、弟たちのために買おう。
「どうしたの?」
シリアン様に聞かれて正直にそう答えると、驚いたことにシリアン様が店員にテイクアウトで包むようにお願いし始めたではないか!
「いえ、あの、困ります。わたし今、持ち合わせが……」
お金が無いのだと何度も言わなければならない惨めさが、この人にはわかるはずもないだろう。
怒りすら覚えてむくれてみせたのに、シリアン様は「可愛いね」と笑ってわたしの手を引いた。
「大丈夫だ、支払いはテリーに任せてあるから」
王子様自らが財布を持ち歩くことなどないのだろう。
なんて贅沢なんだろうか。
カフェの外に出ると、シリアン様が行き交う周囲の人には聞こえないような小声で、こういう支払いは「交際費」から出るからいいのだと教えてくれた。
毎月国家から支給されるお金があり、離宮の運営、生活はそれで行っているという。裁量に任されている部分も大きくて融通はきくけれど、内訳はある程度決まっており、毎月収支報告書を作成して国に提出しているらしい。
「私が独立したときに困らないよう、ままごとのようなものではあるけれど金銭の管理を練習しているんだ。だから遠慮することはない。交際費はこういう機会でもないと支出できない予算だからね」
だからといってわたしは、それを当てにして喜べるような性格ではない。
腑に落ちない物を感じながらも今回だけと自分に言い聞かせる。
そしてお礼を言った。
「ごちそうさまでした」
支払いを終えて出てきたテリーさんからビスコッティの包みを受け取ってお礼を言うと、横からシリアン様が尋ねてくる。
「ところで、きみの弟たちの名前は?」
モブの弟に名前なんてあるわけないでしょう?
さしずめ「弟A」と「弟B」といったところかしら。
「AとBと呼んでいただければ」
「なるほど、エイト君とビイ君か。いい名前だな!」
違いますからっ!
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