第33話 痺れ茸の毒(2)

「早く治療に取り掛かったほうが良さそうですので率直に申し上げますが、シリアン様の恋人のサクラ様の畑を荒らしたのは、あなたがたですね?」


 エミリア妃はビクっと肩を揺らしたものの、なにも答えない。

 

 テリーさんが、この部屋にいる人たちに典型的な痺れ茸の中毒症状が出ていることや、わたしの畑にその痺れ茸がたくさん生えていたことをわかりやすく説明していった。


「寛大なサクラ様は、ご自身の畑を荒らされたにもかかわらずあなたがたが苦しんでおられるだろうからと解毒剤の材料を急いで集め、王都の腕利きの薬師に最優先で作ってくれと交渉までしてくれたのですよ? 痺れ茸は症状が重くなると呼吸が止まって命を落とすこともあるそうです。どうなさいますか?」


 テリーさんが解毒剤の入った小瓶をポケットから取り出して揺らす。


 死んでしまうのは子供の話だけど、「子供が」とか「大人は」とは言っていないのだから、その説明は嘘ではない。


 険しい表情でテリーさんの説明を聞いていたリチャード様が青ざめた。

 彼の反応から察するに、今回のことをまったく知らなかったのだと思う。


「エイミィ、薬をもらおう。治ったら私にすべて話してくれるね?」


 エミリア妃はリチャード様に優しく頭を撫でられながら大粒の涙をこぼし小さく頷いた。


「では、こちらをどうぞ」

 ふたりに歩み寄ったテリーさんは、リチャード様に薬の瓶を手渡す直前で「おっと」とわざとらしく言って瓶を引っ込めた。


「もうひとつ大事なことを失念しておりました。夜会でのボヤ、あれもエミリア様の指示ということでよろしいですね?」


 夫に悪事がバレ、目の前に解毒剤をぶら下げられて、エミリア妃にはもう抗う気力が残っていない様子で力なくコクコクと頷いた。


 満足げに目を細めたテリーさんが薬の瓶をリチャード様に渡す。

 シリアン様はぐったりしている付き人たちへ、わたしはメイドに薬を渡した。


 付き人たちは舌も痺れているのか、上を向かされ流し込まれるままに薬を少しずつ飲んでいる。


「申し訳ございません、いただきます」

 比較的元気なメイドは、自分で瓶のフタを開け一気にその水薬を煽った。

 しかしその直後。

「う゛~~~っ! ぐはっ!」

 と、喉元を押さえて「み、水をっ!」と言いながら咳き込む。


 そう、この解毒剤は臭くて不味いのだ。

 なぜって野生のリスのフンが原料なんだもの。


 おまけにラミが「少しでも飲みやすいように」とブドウの果汁を混ぜたのが余計だったんじゃないかと思う。

 薬屋の調合室にはとんでもない異臭が立ち込めて、わたしたちが慌てて逃げ出したほどなんですもの。


「待て、この薬にはなにが入っているんだ。大丈夫なのか?」


 メイドの様子を見て狼狽するリチャード様に向かってテリーさんが言い放つ。

「大丈夫です、原材料がリスのフンですから少々飲みにくいかもしれませんが、それでも薬師が精いっぱい飲みやすいようにブドウ果汁も混ぜてくれましたし。よく効く薬ほど不味いといいますからね。ほら、そこのメイドなんて、もう唇の腫れが引いてきているではありませんか!」


 本当だ。

 メイドも付き人たちも、どんどん治ってきている!

 すごいな、分解酵素パワー!


 薬の原材料を知ったエミリア妃は、首を横に振ってリチャード様の腕の中から逃げ出そうとした。


「まるで子供のようですね。口移しで飲ませて差し上げるという手もありますよ?」

 テリーさんの背中が嬉しそうだ。


 この人はリチャード様にも恨みがあるのだろう。

 そりゃそうよね、暗殺未遂の茶番という方法でしか可愛い弟を守れないこと、そのせいで何度かシリアン様が死にかけていること、妻の監督不行き届き。

 きっと、相当頭にきているのだろう。


 一瞬、ぐっと言葉を詰まらせたリチャード様は、瞼を閉じて小さく深呼吸すると鋭い眼光でテリーさんを睨み返した。

「いい提案だ」


 そして巻いていたストールを下げて口元をあらわにすると、薬のフタを開けて口に含もうと――したのを止めたのはエミリア妃だった。

 エミリア妃は手を伸ばして薬の瓶を奪うと、先ほどまでのイヤイヤとは打って変わり、リチャード様が止める間もなく中身を一気にゴクリと飲み込んだ。


 その直後、エミリア妃はメイドのような唸り声をあげずに必死に口元を押さえて耐えている。

 その背中を優しくさすりながら「早く水を!」と側近に命じているリチャード様。


 妻のためならばと、とんでもなく不味い薬を口に含もうとしたリチャード様の男らしさと、夫にそんなことをさせられないと覚悟を決めてひとりで飲んだエミリア妃のいじらしさに、不覚にも胸を打たれてしまった。


 ちょっと見直したわ。

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