第17話 残念王子の事情(テリー視点)
モブ家についていくら調べても手がかりがない。
あの畑の所有者は別にいて貸し出しているのだということはわかった。
そこから調べていけば彼女の素性がもう少しわかるはずなのだが、それはシリアン様に止められている。
「コソコソ嗅ぎまわっているのがバレたら心証が悪いだろう? 私が彼女に直接聞けばいいだけの話だ。そんなことよりもう少し彼女の笑顔が見たいな。どうすればいい?」
「そうですねえ、贈り物をされてはいかがでしょうか。彼女の場合は、高価な装飾品よりも実用的な物のほうが喜ばれる気がします」
なにがいいかと首をひねって考えているシリアン様はとても楽しそうで、この初恋が成就することを願わずにはいられない。
翌朝、彼女へのプレゼントが用意できたからすぐに渡したいと言ってきかないシリアン様と再び畑にやってきた。
「時間が早すぎたのでは?」
「ここでこうやって胸を高鳴らせながらあの子を待つのも悪くないと思わないか?」
悪くはないが、こんな早朝から待ちかまえているのはしつこすぎて引くと思われるかのがオチではないかという気がする。
しかしシリアン様の嬉しそうな表情を見るにつけ言い出しにくく、黙っておくほかない。
弟を連れてやってきた彼女は、案の定「なにしに来たんだ」という態度で迷惑がっている。
しかも弟たちには「人さらい」と言われるし、それをシリアン様が認めてしまうしで……思わずため息が漏れた。
これではいつまでたっても彼女が振り向いてくれることはなさそうだ。
だから手助けのつもりで、少々とぼけたふりをして単刀直入に彼女に告げた。シリアン様はあなたに初恋をしているのだと。
それを聞いた彼女のうろたえ方は予想以上だった。
「わたしはモブです!」
「モブが王子様と恋愛とか結婚とか、あり得ないですから!」
「モブ失格です!」
ひたすらこれを繰り返すことから察するに、モブ家は「王室出身の者と交流してはいけない」という家訓でもあるのだろうかと訝ってしまう。
そこで気づいた。
王子を婿に迎え入れたばっかりに身を滅ぼした一家が、過去の歴史の中で実在したことを。
王族が婚姻を理由に王室を離脱する場合、支度金のほかに終身で年金も支給される。
元王族としての品位を損なわないようにするためだ。
シリアン様も婿養子となったら一時的に支度金が支給され、あとは毎年数回に分けてそれなりの額の年金が支給されるはずだ。
実はこの年金支給は、一般的には伏せられている。
それを狙って没落貴族や事業が立ち行かなくなっている商人などが王族を婿に、あるいは嫁にと、自分の子供を使って躍起になって争っていた時代がかつてあった。
中にはこの婿取り合戦に勝利したにもかかわらず、支給された年金だけでは足りないと、さらに無心してくるような厚かましい家もあったようだ。
その一家は、家族そろって豪遊に出かけた際に馬車の転落事故で元王子もろとも全員が命を落としたという。
もちろんただの事故ではなかったはずだ。
その一件以降、年金を当てにしてもらっては困るとの理由からそのことは伏せられ、知っているのは王室関係者と王城で会計の仕事を担当している文官のみとなった。ただし貴族の中には代々語り継がれて知っている者も多い。
モブ家は、昔のこの事件を教訓として、目立ってはならない、王族を迎え入れてはならないという家訓があるのかもしれない。
だとしたら尚更好都合だ。
彼女たちの身なりや畑仕事をしている様子から察するに、暮らしぶりが楽ではないのは間違いないだろう。
しかし体は丈夫そうだし、常識や教養、礼儀は備わっている。身の丈に合った生活を心がけ、そのような厳しい家訓があるのなら、王城に金を無心してくるような厚かましいことはしないはずだ。
あとは、シリアン様が彼女の頑なな拒絶を崩せるか否かにかかっている。
頑張ってください、殿下!
ガキどもとキャッキャ言いながら雑草を抜いている場合ではありませんよっ!
そして帰りの馬車の中。
「泣いてたじゃないか! テリーが贈り物をすればいいって言うからそうしたのに」
シリアン様が頭を抱えて取り乱している。
「あの子、泣くほど嫌だったのか? 無理矢理押し付けたのは失敗だったかな……」
いやいや。あの時、
「あそこでサクラ様の手にあの軟膏を塗って差し上げていたら落ちていたかもしれないっていうのに……まさか逃げ出すとは」
「落ちる? どこに何が落ちるんだ?」
ああ、ダメだ。我が主はなにもわかっちゃいない。
今度はこちらが頭を抱えることになった。
我が主は、なにもわかっちゃいない。
「女性の涙でうろたえるお気持ちはよくわかりますが、そこで逃げ出してはなりません。女性は感情が昂るとすぐに泣いてしまうのです。サクラ様のあの涙は決して負の感情ではなかったと私は思っております。今日は弟さんたちがいたので距離を詰めるのは難しかったかもしれませんね」
また次回頑張りましょうと励ますと、ようやくシリアン様は笑顔を見せた。
「あの子たち可愛かったなあ。私はいいお兄ちゃんになれるだろうか」
気が早すぎます。
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