第30話 お弁当なお昼ですが、なにか?

「お弁当の定番と言えば、唐揚げよね」

「そうだな」


 教室。昼間。

 しどー君が弁当箱からヒョイッと箸でつまみ、口に入れる。

 咀嚼そしゃく、そして嚥下えんげ

 満足そうな笑みを浮かべ、


「冷えてるのにカリカリしてて美味しいな。

 味も冷たくなると感じにくくなるというのに、ちゃんと効いてる」

「ふふふ。

 主に塩こうじ、ニンニク、ショウガ、あと隠し味を忍ばせた逸品よ!」

「隠し味が判らん……」

「ふふふ」


 時間がたってもカリカリ感を損なわないように揚げ方に工夫をした。

 味も放課後すぐに付け込んでいた、自慢の品だ。


「そしてこれまた定番の卵焼きも食べられよ」

「どれどれ。

 シンプルに甘い卵焼き……!」


 シンプルイズベストである。

 特別なことはしていない、その分、腕が問われる。


「そして別添えの野菜たっぷりトン汁だ!

 サラダの代わりとしても良いわよね」


 ポットからコップに注ぎ、手渡す。


「これはありがたい。

 うん、ちゃんと美味しい」

「毎日作ってるのよりは劣るけどね」

「いやいや、十分だろ……?

 昨日の晩御飯と被り無いし」

「ふふふ、お弁当によくある失敗の理由として、前日のおかずを詰めることよ?」


 腐りやすいモノは絶対に詰めてはいけない。例えば、栗ご飯やカレーだ。

 カレーは意外に思うかもしれないが、やるなら別の容器にスープ代わりに入れておくぐらいが吉だろう。

 後は汁気の多いモノはちゃんと処理しなければ、他のおかずを台無しにする。煮物とかがよくあげられるが、葉物やトマトなどの野菜類なども注意が必要だ。

 そして盲点はご飯も腐りやすいということだ。

 とりあえず、ここまで抑えておけばほぼ失敗は無い。


「万が一でも失敗をする私ではないのだ。

 ふふふ。

 よくある漫画の展開だと、いつものは抜け目ないヒロインが失敗してしまうシチュエーションだが、私に抜かりはないのよ?」

「何を言ってるか判らんが、ご飯をタッパーに詰め忘れることは抜かりな気がするがな?」


 しどー君がそう突っ込んでくる。


「やっちゃったぜ☆

 朝に余裕が無いと危ないわね。

 手順が組めてないのもあるけど……反省。

 朝電車乗った時に気付いた時はもう死ぬかと……」

「まぁ、ご飯とかなら全然問題ないからな、買ってこれるし」


 朝に慌てた私を落ち着けて、コンビニでしどー君がおにぎりを買ってきてくれた。


「しどー君ありがと」

「当然のことをしただけさ」


 優しくて濡れてしまいそうになる。


「いつもの委員長達プラス初音マジメガネ……」「きっつ……」「彼氏欲しいわ……」


 そんな様子を見て、クラスの女子が視線を向けての声が聞こえてくる。

 くくく、彼氏持ちと持ちじゃない差を悔しく思うがいい。

 私は笑みが込み出てくるのが判る。


「あーん」

「ん」


 っと、唐揚げをしどー君の口元に放り込む。


「ふふふ」


 モシャモシャと嬉しそうに食べてくれるので、笑みが沸いてくる。

 いつもの家出のやりとりではあるためか、しどー君にためらいが無い。

 よく調教されたものである。


「何というか、委員長兄妹や委員長とお嬢のやりとりと違って、現実感が有って凄くツライ」「確かに何だかんだ、白髪やハーフが日本人離れしてたり、特大お重だったりで現実感なかったし……」「彼氏欲しい……彼氏欲しい……うう……」


 優・越・感!


 はまりそうである。

 男を弄んでいた時のような優越感が沸いてくる。

 ふふふ、楽しい。


「初音、あーん」


 突然、向けられた唐揚げに思考が止まった。

 そらそうだ。

 私が催促すればしてくれるが、しどー君からそうされたことは家でも無かったからだ。


「うん……」


 それでも、ぱくっ、口に入れるとちゃんと美味しく出来上がってる。

 ……の筈だが、動揺して半分程度しかわからない。


「あれマジメガネよね……風紀委員よね」「風紀の乱れすぎる……いや、風紀の乱れには問えないのか……あれ」「かれしほしかった……パタッ」「あと、あの弁当普通に美味しそう」「初音料理出来るっていってたけどマジだったのね……」「いやまて、マジメガネが作ったのでは?」「「ナイナイ」」


「私が作ったんだけど、唐揚げを食べてみる?」


 私はニコリと笑いながら、タッパーを向けて女子たちに話しかける。

 ご飯を忘れた理由なのだが、冷凍庫に入れてたタッパーを取り違えたのだ。

 つまり冷凍保存しようとしていた唐揚げが今ここに大量にある訳でしてね?

 朝、コンビニでついでに買って貰ったつまようじはここで役に立つ。


「「「ぇっと……」」」


 つまり腐らせるのももったいないので食べろと言っているのだ。


「頂きます」「あ、私も」「……パクッ」


 一人が言えば、他も遅れるなと食べ始めてくれる。

 カーストというのはこういう時に便利だ。

 特に食べなくても何もするわけではないのだが。


「なにこれ旨い」「たしかに」「これが彼氏もちとの女子力の差……!」


 感想を求めると圧力を掛けそうだったので、何も言わずにいたが、良い言葉が出て一個、また一個と消えていくので、安堵の息が漏れる。


「あ、私も良いかな?」


 そこで意外な人物が釣れた。

 常人離れした白い髪と肌を携えた委員長(妹)、極度のブラコン少女だ。

 身長は低く、一目だけで見れば幻想めいた雪女みたいな美少女で、中間試験一位。胸だって私より大きい。

 つまり化け物な訳でして、自ずと女の本能として比べ、警戒してしまう。

 何をしに来たんだ、この野郎と。


委員長あれは?」

「……いつものだよ」


 呆れた口調の彼女につられて見れば、野球部と何か勝負している。

 その二人をお嬢が楽しそうに観ている。

 とりあえず、委員長兄の方がなにかを企んでいる様子も無さそうだ。

 なら無害だ。


「どうぞどうぞ、妹ちゃんのお弁当みたいに上手くいってるとは思ってないけど」

「そんなことないかな。

 とても美味しそうに彼氏さん食べてたから気になってたんだよ」

「お兄さんみたいにオーバーリアクションしてないけど?」

「あはは、あそこまでしなくても、判るもんだよ。

 良い彼氏さんだね?」


 心の中でガッツポーズ。

 普段、やらせている人に言わせたのだ。

 意趣返しである。

 そしてしどー君を誉めるとは判っている。


「ご飯の代わりに冷凍する唐揚げもってきちゃったのかな?

 結構多いし」


 今の流れでどこから判断したのだろう。

 図星すぎて言葉を失ってしまう。

 とはいえ、それをネタに私の地位を脅かしたいとかそう言うのではなく、事実を言っただけのだろう。

 既に目線が唐揚げの山に向いている。


「頂きます」


 ひょいっとつまようじで口に入れる。

 モグモグ、と咀嚼し、ゴクンと飲み込まれる。

 私も心の中でジャッジされるかのように生唾を飲んでしまう。


「お」


 白い顔がうつむき、溜めるようにし、


「美味しいよ、初音さん!」


 再び心の中でガッツポーズ。勝った!


「漬け込み液は塩こうじとニンニク、ショウガ、ごま油、酒、みりん、後隠し味に蜂蜜いれてるよね、なるほどー」


 しかし、調味料を全部当てられ、心持的にグヌヌとなる。


「……正解、よくわかったわね」

「えへへー」


 妹ちゃんがネモフィラを思わせる可憐な花を咲かせた。

 心底、嬉しそうにしてくれるので悪い気はしないが、隠し味を当てられたこと自体はちょっと悔しい。


「私も今度、再現してみよっと。

 ありがとう、初音さん。

 今度、何かをお返ししますね?」

「別に良いわよ。

 これぐらいのことで恩に着なくても」


 私がそう言うとペコリと頭を下げて、委員長(兄)の元へと戻っていく。

 それだけ見れば、可愛らしいものだ。

 揚げなども含め、再現できるとさも当然のように言われたことに気づかなければだが。

 悪意が感じられないのが、何ともだが。


「蜂蜜か、成程。

 僕には判らなかったけど、言われてみれば確かに……」


 っと、しどー君がもう一個、二個と食べていく。


「初音?」


 考え事をしていた私を心配そうにみてくれる。顔に出ていたらしい。


「やるからには一番になりたい初音のことだ。

 どうせ妹委員長と自分を比べて卑下やどうしようか考えてたんだろ?

 毎日弁当にするかとか、労力的に大変だし、気にしないで欲しい。

 それに僕の一番はいつだって初音だからな、気を詰めすぎないでくれ」

「……なんでこの人、私が考えてることが判るんだろか」

「ちゃんと観ているからに決まってるだろ」

「ビッチを学校で喜ばしてどうすんのよ……」


 両手で自身の顔を掴むと熱い。

 子宮が疼く、静まれ私の性欲!


「「「彼氏欲しい……」」」


 視線を感じ、抑えることに成功した。

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