第4話 マジメガネの家ですが、なにか?
「ふあー、夜景がきれー!」
とりあえず、現状を満喫することにした私であった。
バルコニーから見た景色は感嘆の声を上げるぐらいには凄かった。
近くはみなとみらい地区や港湾部、そしてベイブリッジが遠くにキラキラ輝いて見える。
つまり、絶景である。
「で、マジメガネ……士道君はここに一人で住んでんの?」
「あぁ、そうだ。
週二でハウスキーパーで人は入るけど、基本一人だ」
「ずるいずるいずるーい!」
なお、マジメガネの苗字が『士道』ということはマンションの表札で初めて知った。
そこは横浜駅からワールドポーターズ経由でスロープで繋がっている建物だった。
というか先ほどのファミレスの向かい側のマンションだ。
確かに私も知っている億ションだし、ちょっと高そうな調度品が置かれている辺り、おぼっちゃまなのが確信できた。
というか、私の家より一室が広い。妬ましい。
「お金があるところにはあるモノね!
格差を感じざる得ないわ、チクショウ……」
「ここからなら、横浜開港祭の花火も見れる」
「うらやま!
何度か見に来たことがあるが、混みまくっていた記憶しかないわ」
正直、あの季節にみなとみらいは近づきたくなくなった。
暑いし。
痴漢されたし。
警察呼んだが。
「コーラとか、頂きますよーっと」
「ちゃんとお礼いうんだな……」
「そりゃ、義理高いビッチですし。
私を何だと、マジメガネさんや?」
「傍若無人とかそういう類ではないのは安心した」
コンビニで奢らせたコーラを開けて夜景をつまみに飲む。
うん、美味しい。
処女失えなかったけど、これはこれで得難い経験をしている気がする。
気分が晴れてきた。
「こっちも頂きます~♪」
そしてこれまた買わせたエルチキを食べる。
こんな普通な組み合わせでもリッチな気分に浸れる夜景だ。
「初音さん、先風呂入ってくれ。
流石に男の後は入りたくないだろ?」
「べつに気を使わなくてもいいのにー、ありがとねー♪」
っと、お風呂に案内される。
広い。私の家の風呂の三倍はある。
「そうだ……一緒に入る?」
二人でも余裕で入れそうなので誘ってみる。
私、ビッチなので裸を晒すぐらいは覚悟しているし、慣れている。
お宿のお礼としてお風呂ぐらいなら入ってあげてもいいかもしれないとも考えたのだ。それに入ってくれれば、口止めの材料にもなる。
「な、な、な、な」
顔を真っ赤にしながら口をどもらせ、動揺するマジメガネ。
ニヤニヤと意地悪い私が心の中で沸いてくる。
私自身、エス気は自認しているところだが、こう彼を見ていると大人ということでマウントを取りたくなる。
「私は別にいいわよー。
他の男の人と入ったこともあるし」
あれ?
反応が無い。
顔を見れば、悲しそうな顔をマジメガネがしていた。
「少しは自分を大切にしてあげたらどうだろう?」
彼の目は真剣だった。
何というか、私が悪いみたいな罪悪感が沸いてくる。それに私の心の傷に触ってくる感触も覚えて、苛立ちを覚えてしまう。
「仕方ないでしょ、お金いるんだからー!
お風呂入って、手でやってあげるだけで、万貰えるんよ?
口だともっと!
レンカノだって最近はあるから気にしすぎよ!」
ちなみにレンカノ、つまりレンタル彼女とは、一時間あたり五千~一万円程度で女の子を借りれられるデート(?)システムである。例えば、彼女が居ない男子の心を埋めたり、見栄を張るために借りたりと、エッチ以外の目的で心の隙間を埋めるサービスだ。
最近はそれを題材にした漫画がヒットしたりと、割とメジャーにはなってきている気がする。
「それでもだ」
何というかここまで頑なに言われるのは初めてで新鮮に感じる。
流石に空気の読める私は、
「……冗談よ、冗談。
マジメガネ、まじめねー。
禿げるわよ?」
だから、逃げるように、一人でお風呂に。
さて、広いお風呂だ。
大きな鏡に映る私は茶色い毛のギャルだ。
目元もパッチしており、自分ながら可愛いと思う。
湯船はまるでホテルのように足を延ばせる。
家のお風呂は狭いことこの上なく、足を折って入れる必要がある。
追い炊きすらできない。
そんな状況で今の学校に入れてくれた親には感謝ではあるのだが、とはいえ、お小遣いは無い。
食費で一日に五百円貰えるだけだ。それでも相当辛い家計の負担になっていることは知っている。弁当にしない理由は、そこから交通費をねん出するための計略と、作るとなると妹の分まで作る羽目に陥りそうだったからである。妹も私なんかのお弁当より五百円の方がいいだろう。
「というか、泡ぶろの機械まであるじゃないの」
体を洗い湯船へ。
スイッチオン。
ああああああああ、振動で体がほぐれていく。
流石にシャンプーとか、石鹸はイイ物ではあるが、男物しかない。
仕方ない話である。
「しっかし、ほんとマジメガネよね」
思うのは、マジメガネ……士道君のこと。
今日は縁があってこんなことになっているが、クラスメイトとしては付き合いが薄い。
私は女子のカーストの上で、彼は男子のオタク集団だ。
接点何てあろう筈がない……ことも無いか。毎朝、スカートの丈で捕まってる。
あとは小テストとかの点数は良いらしいことを聞いている程度だ。
「入学試験の最優秀者を逃したのを悔しく歯噛みしていたのは、何でか覚えてるんだけどねー」
評価の張り出している所で見たのは記憶している。
だって、合格(仮)しただけで嬉しかった私の気分を見ただけで水を差されたからだろうと今は思う。
まぁ、あの最優秀をとった化け物とやりあおうという気概だけは褒めていいかもしれない。
次の中間は勝つために頑張っているらしい。
「勉強だけがすべてじゃないってのにねぇ……」
私?
補欠合格(震え声)。事前に(仮)って書いた通りである。なお、妹は落ちたけど、結果オーライ。
一応、私も赤点取らない程度に勉強はしているのだが人には不向きというモノがある。高校になってから勉強が一気に難しくなった気がする。
「さて、言っていた通りマジメさがウリだから、学校にはチクられないと思うけど……思うんだけどぉ……」
悩む。
口止めをどうするか。
策略だとかは頭が回る方だけど、ちょっと想定外だ。
「うーん……」
悩むがいい案が出てこない。
マジメガネの真面目具合から大丈夫だという前提で動くにしろ、いざと言うときの切り札が欲しい。
「うーん、身体で止めるかなー」
こういう時は鍛えたテクニックと行動力で勝負である。
というわけで、風呂から上がって髪や体を乾かすとそのままドーンと、扉を開けて居間へ。
「あがったか……って、何で裸なんだよ!」
「私寝る時は裸だしー」
「せめてタオルまけ!」
っと言われたので、改めてタオルを巻いた格好で虐めることにした。
「ほらほら、女の子の裸だよー。
うりうりー」
「や、やめろ」
近づいて女の武器、胸元を押し付けてやる。
私の胸は自慢できるほど、大きい。
クラスでは二番目だが、男共は必ず揉みたがる。クラスで揉んだことがある男子生徒はいないが、オジサン達にはこれで虜にしてしまえる程、色香がある。
「本気でやめてくれ……」
しかし士道君は赤面して手で私を遠ざけようとしてくる。
くくく、初心よのぉ。
私にとっては男に裸を見せることなんて慣れたもんよ。
それに、
「チャーンス」
パシャリ!
「な!」
スマホで写メをとってやった。
はだけたギリギリのタオル姿の私と私に触ろうとするマジメガネがばっちり写っているを確認すると顔がにやけてくる。
「これで通報したら、一蓮托生ね」
「だーかーらー、通報する気無いって」
「一応の保険よ、保険」
とりあえずの担保はとれたので良しとする。
ただ同時に一つ気になったことができなので聞いてみることにする。
「とはいえ、女の子に不慣れ過ぎない?」
「小中が男子校だったから……。
そのだな……慣れてないんだ。
あまりくっ付いて欲しくないし、情緒を弄ばないでほしい。どうにかなってしまいそうだ」
それを聞いた私に悪魔の尻尾が生えた気がした。
そんなの遊びたくなるにきまってるじゃない。
「箱入り娘ならぬ、箱入り息子というわけね……そうだ!
学校には黙ってて貰う代わりに、私で女の子に慣れるってのはどう?
レンカノみたいに。いい考えでしょ?」
私の中で名案だと思った。
「却下だ却下。
ほら早く服を着てくれ、タオルでも目のやり場に困ってるから……」
顔を真っ赤にしながら、リネンの男物パジャマを投げてきた。
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