第13話 千五百メートル走ですが、なにか?
前の競技、男子二千メートル三年の部が終わった。
クラス点数は六クラス中、三位。一番盛り上がれる悪くない位置だ。
私の出番が来る。
横のメンツを観るに……、
「結構ガチじゃん……」
陸上部三名(内一人は推薦入学で千五百メートル中学記録保持者。四分十九秒二)、見知らぬが強者感を出す二名。私いれて計六名。
「あれ、初音じゃん。
陸上やめたってきいてたけど」
と、記録保持者の娘が語りかけてくる。
知らない仲ではない。陸上の合同合宿では顔を会わせる仲であった。
とはいえ、取り立てて親しいわけでもない。
知り合い程度だ。
「初音も千五百メートルで一位だったから選抜された口?
お互い大変よね」
ヤレヤレと言った具合に言ってくる。
「生憎だけど、私は二位で他人からの推薦よ……」
「やっぱり壊れた足じゃ、二位が限界だったの?」
悪意の感じない言葉。だがそれは深く突き刺さった。
が、私は空笑いしながら、
「別格が居たのよ」
「ふーん」
興味なさそうだ。
お嬢の記録は高校記録を塗り替える一歩手前なんだけどなぁ……と、少し複雑な思いがよぎる。とはいえ、他人のふんどしである。
まぁ、最後のクラス別リレーで、驚くといい。
「私の足は全盛期ほどじゃないけど、早いわよ」
「山下公園走ってるのみたからね、知ってる。
でも、やっぱり走ってた方が初音らしいわ。
ビッチになって、売春とか、そういう噂を聞いてたから……」
「その話は事実だけど……練習してたのを見られてたか……油断させて華々しく返り咲いてやろうと思ってたのに♪」
ちょっとわざと茶目っ気を出す。
「油断はモチロンしないけど、ハンデはあげなきゃならないのよね」
「なによそれ」
そんなことをいけしゃあしゃあと言われるのでムッと来る。
「それ良いの? これクラス分けでそれなりの点数の競技よ」
「逆、各中学記録や高校記録持ちの運動部は手加減しろって生徒会と委員長連合からのお達しがあってね、それでバランスを取るそうなの。
だから男子なんかはあえて一番早いのを出さなかったりしてたわけだし」
「あぁそうなのね……確かに男子で見知った顔があまり走ってなかったことに合点がいったわ」
うちの委員長も絡んでそうな話だ……というか主体的に、話を持って行った可能性がある。
確かに、クラス編成に偏りがあった場合に勝てる見込みが無くなる。それが建前であろう。
そこで高校記録より少し劣る委員長とお嬢がトリを務めれば、うちのクラス分けチームの勝ちは揺るがないという話だ。
やり方が汚いというか、手の込んだことをしているのはいつも通りであると逆に委員長に感心してしまった。
「五秒間、走らないことになってるの。
それで丁度、他の人の部員より同じ程度だから」
「それ後悔しても知らないわよ」
「私を選んだクラスが悪いだけだし、どうでもいいんじゃないかな。
真剣な競技でもないし、今日は遊びの日なんだから」
ムカッと来るのは私が競技に臨む姿勢が真面目過ぎるからだろう。
落ち着こう。
しどー君みたいにマジメガネして、力んで全力を出し切れないのが一番よくない。
「そうね遊びよね」
だから、話に乗ってあげて、自分自身も気楽に臨むことにする。
どうせ、これの勝敗は関係なく勝てるのだ。
そうだ、気楽に行こう。
『女子千五百メートル走、一年走者入場してください』
だが、そうはならないのがビッチである。
やるからにはやると決意を固め、三レーン目に付く。
話していた彼女は四レーン目で少し前だ。
「ふぅ……」
そんなことはどうでもいい。
心を静かにし、立ち位置につく。
ドクンドクンと心臓の音が聞こえる。
何度も何度も走ってきた思い出が蘇ってくる。
帰ってきたのだとも感じた。
『位置について……よーい、ドン!』
格好のスタートが切れた。
私史上、最高ともいえるスタートだ。
当然ハンデと言っていた彼女を一瞬で抜き去り、五レーン目の女子にも肉薄する勢いだ。いや、抜いた!
六レーン目一番、外側をインコースポジションの有利を活かして抜かす。
私が一位だ。
だが、後ろ、凄い勢いでプレッシャーを感じる。
彼女だ、彼女が私に追いつこうと四レーン目の外側の不利を意図もせず並んできたのだ。
何が遊びよ。
本気出してきてんじゃないわよ!
心の中で毒づきながら抜かれまいと私は腕と足の回転を上げる。
元々の実力なら、駅伝やってた私の方が持久力なら負けない。
だが、錆びついてしまったそれは、私に足の痛みとともに現実を突き付けてくる。
「いたああああああいいいいいいいいいいい!」
叫びながら私は走るのを止めない。
止めれない。こんな所で負けられるか。
「初音、がんばれええええええ!!」
最後のゴール付近。
自陣の位置。
一番前から声がした。
最近、一番よく聞く声だ。
目線だけを一瞬、ふと向ける。
「メガネしてないのに、ホントに……表情がマジメガネよね!」
しどー君だ。
私にエールを送ってくれている。
その事実が私の足から痛みを取り除き、
「ぬかせるかああああああああああああああああああああ!」
根性が沸いた。
マジメガネのマジメさが移ったのであろう勢いで私はゴールのテープを胸差で破っていた。
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