第12話 運動会ですが、なにか?
さて運動会である。
一週間。
私は不安を打ち切るように、自己錬で横浜駅から山手まで走ることを続け、大丈夫なことを確認した。
「結構、緊張してないか?」
一週間終わり、運動会の前日に士道君にそう言われた。
彼には私がそんな風に見えるようだ。
「そんなことないわよ~、順調、順調♪」
だから、そう軽く言ってやった。
心配させたくないわけではない、自分自身、壊れた時よりも遅くはなっているがそれなりのペースで走れた。
「そもそも僕は何故、君が自薦しなかったのか判らなかった。
クラスカーストを気にする君が機会を逃すとは思えない。
何か、足に懸念でもあるのか?」
「……あー、それね」
どうしよう、説明するか?
関係ないと突っぱねるか?
そうこう考えながら士道君を観る。真剣な表情のマジメガネがいた。
本気で心配してくれているようだ。
「……私、ビッチになる前はマラソンや長距離リレーの選手だったのよ。
県でも上の方で、真面目に取り組んでたの。駅伝も姉妹で出た。
あんたが真面目に風紀に取り組むようにね、毎日必死に走って走って走ってた」
気づいたら話始めている自分がいた。彼の熱意に負けたのだろう、きっと。
「それでもね、事故ったの。
自転車とだけど、妹を庇った際に私の足は腱が切れた。
それで選手生命が絶たれたってわけ」
中二の時である。全治三ヵ月。
それで私は部活を辞めた。
「……そんなことが……⁈」
マジメガネが私を見る目が変わった気がする。今は眼鏡していないが。
とはいえ、同情。哀れみ。マジメガネの顔にそんな感情もこもるのでムカつく。
だから端的に言ってやる。
「同情は要らないわよ。結果は変わらない。
運命だったと思うし、代わりに妹の足は壊れずに済んだ」
「……後悔してないんだな?」
「百パーセント後悔してないと言うのなら嘘になるけど、それに近い数字で納得してるし、ビッチになったことは良いことだと思ってるから大丈夫大丈夫」
噓は無い。
それにこのお陰で男遊びを覚えたきっかけになったし、それが今の私の大半を占めている。後悔なんてある筈がない。
とはいえ、男遊びは最近、マジメガネにしかしてないのだが。メイドになった弊害ともいえるが、これはこれでありだと思っているので悪くはない。
「とはいえ、初音さんが元々、僕のような真面目だったのは想像つかないんだがな……」
「にゃにをー!」
はぁ、っとため息を込めて茶化すように言われるので、飛び掛かる私。
そして胸を押し付けて後ろから羽交い絞めにしてやる。
「そっちのほうがらしいと言えば、初音さんらしい」
「ムッ、何が初音さんらしいだ……ほら出せ、しどー君の大きいの出さんかい!」
と、しどー君の下半身に手を伸ばすのであった。
◆
「どこのクラスも接戦だねぇ」
そして運動会当日の昼飯時、私のパパママは仕事で来れず、妹はそもそもくるき無しということでクラス席に居っぱなしの私である。
「だなぁ」
同じく家族が来ずに居っぱなしの士道君が自ずと隣に座っていることになる。
クラスメイトや上級生の大半は家族の元か学食へと行き、残っているのは数名がバラバラに座っている。
別段、好きで隣が良いわけではないが、隣にならない理由もない。私たちの関係というのはそう言うものだ。
それに男避けにはちょうどよい。
午前中、私の顔やスタイルがいいので、先輩たちから声を掛けられてしまって面倒だったのだ。
ちなみにコンタクトレンズのしどー君も同じ目にあっていたので、私と一緒が都合がいいらしい。
「初音さんが作ってくれた弁当、美味しいな」
「……どーも、予想以上に皆が居なくなってくれたお陰で中身を変えた意味がなくなったけど」
「二種類作ったんだろ、凄いな、本当に。
家事については本当に頭が上がらない」
お弁当などを褒められると、ふと頬のあたりが初夏の熱気のせいか熱くなった。
「そんなにおだてて~、校内で抜いてほしいの?」
「それはヤメロ、校則違反だ。
そもそも家でのことも僕が君からの被害届を警察に出していないのは温情だと思ってくれ」
「良い思いさせてあげてるのに……!」
胸でもしてやったし、スマタもした。
「痴漢や強姦は女性側からでも成り立つからな。僕がやろうと思えば、女性用の少年院行きだぞ?
判ってるか?」
ガチトーンで返された、くすん。
だけど、おどける様に知ってることを言ってやる。
「でも、しどー君はしないでしょ」
「っ……どうしてそう思うんだ?」
「だって自分から言い出した私の更生をあきらめることになるんだから、真面目なしどー君がそんな不義理をするわけないじゃない、だから突き出していない、どう?」
マジメガネが固まる。
可愛いやつだよ、本当に。だから笑みを浮かべながら言ってやる。
「図星ね☆」
鼻をツンと人差し指で押してやった。
そうするとしどー君が拗ねたように黙りこんでしまう。
これからも私の精神の充足のために頑張ってもらうことにしよう。
さて、昼休みがおわり、競技は進み、しどー君のたまいれもおわった。
そして女子千五百メートルの出番が近づいてくるので、
「さーて行きますかね」
自分に活を入れる様に頬をパンパンと叩き、クラススペースから離れようとすると、
「がんばれーはつねー」「はつねんなら全然大丈夫だもんね、安心してみてられるよん」「期待上げー!」「気楽に楽しみ給え、どうあろうと最後で何とかする」
クラスメイトの皆や同じクラス分けの上級生から激励が飛んでくる。最後の委員長だけは、激励というか、何というかだが。
なお、しどー君は風紀委員の当番でクラスから離れていたのはちょち寂しく感じた。
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