第32話 両親(初音家)に挨拶ですが、なにか?

「塩を撒け! 塩!」

「勿体ないから却下よ、パパ」


 日曜日の朝、狭く小さなトタン屋根の家に響く男の罵声。

 初音家、つまり私の生家せいかだ。

 そのリビング。端には、パパとママの布団が畳んである六畳間。

 そこで小さなちゃぶ台を囲んでいる四人だ。

 妹は外出で居ないのはちょうど良かった。

 学生だからと制服姿(くそ暑いのにジャケット、ネクタイ付き)で、しかもマジメガネスタイルのしどー君が切り出したら、パパが怒鳴りだしたのが現状だ。

 頭を項垂うなだらせて、汗を滴らせるパパも珍しくスーツ。


「殴れる立場ならどんだけよかったことか……。

 パパ自身、奪ってるからな」

「どうぞ、それで気が済むなら。

 何発でも耐えます」


 っとしどー君が、正座で覚悟完了とズズイと前に出る。


「……くっ……。

 こんだけ言われたら、殴れん」

「パパ、同じセリフ吐いたもんねー?

 半殺しにされた上に認めて貰えなかったけど」

「ぐぬっ」


 ママが思い出すように言うと、パパが苦々しい顔になる。


「言っとくけど、パパが認めてくれないなら、私は縁を切るわよ?

 孫見せないわよ?」

「ぐあああああっ」


 私の頬を赤らめた言い回しにパパがパタンとちゃぶ台に突っ伏した。


「ぼろきれになったパパは置いときましょうか」


 私の姉でも通るママの茶髪をショートにし、整った顔が柔和な笑みを浮かべている。

 ママは普段通りのジャージだ。

 それでも、んー、っと困った顔を見せるママ。

 こんな顔をするママは初めてだ。

 基本的に、パパとラブラブして見せつけてくる姿が多い。

 確かに真面目な会話の時は、眉を寄せるが、困ったと顔に見せたことは無いのだ。


「大変よ?

 常識から外れるのは。

 今の時点でプロポーズで挨拶に来るなんて……」


 重みがある経験者の言葉だ。

 ママもパパも駆け落ちで苦労したのだろうことは良く知っている。


「お互いに嫌いになったらどうするの?」

「それは無いわ」


 私が胸を張って言う。


「パパに愛想つかしたことある?」

「無いわね……」

「そういうことよ」


 ママは困った顔をしたまま、


「パパもママも相当大変だったのよ?

 朝から晩まで働いてね?

 今も決して裕福じゃないしねー」

「それで不幸せに感じた?」


 私が逆に問う。

 するとママは横に首を振って。


「これで良かったと、ママは思うわよ」

「なら、私もきっと同じ風に言えるわよ。

 ママの子だもの」


 それに、と一呼吸おいて続ける。


「覚悟を決めにきたのと、何かあった時用の保険よ、保険。

 それにパパママ見てるから、ちゃんと稼げるようになるまでは避妊するわよ?

 医者にもなりたいしね!

 親の二の足を踏むようなことはしないわ」

「……お姉ちゃんはたくましくなったわ、ほんとにー。

 パパ活するって言った時からグングン行動力に拍車をかけてるし、ママ、なんか嬉し悲しね?

 ちなみに二の足は躊躇の意味よ?

 言いたいことは伝わるけど」


 ママが寂しそうな表情を浮かべ、近づいてきて私の頬っぺたを人差し指でなぞる。


「ホント、大きくなったわ……」


 ぎゅっと私に抱き着いてくる。

 まるで宝物を扱う様に優しくだ。


「そしたら、ママとしては良いわよ。

 好きになさい。

 もし、何か最終的に、ホントにどうにもならない場合は戻ってきなさいな。

 お姉ちゃんのパパママなんだから」


 そう離れながら、言ってくれる。


「パパ、いいわね?」

「パパとしてはそもそも落としどころは決めてたから反論は無い。

 本気で反対するつもりは無かった。

 というか出来ないからな……」


 はぁ、っとパパはため息をつく。

 それはまるで抱えた荷物を降ろした時に吐くようなモノであった。


「さて、難しい話はおしまい」


 パンっと拍手を一回して、ママが立ち上がる。


「じゃあ、士堂君、これからは貴方のママでもあるから、何か娘で困ったら相談なさい♪」

「ありがとうございます……っっっ!」

「やっぱり男の子も産むべきだったわねー」


 と言いながらしどー君に抱きつくママ。

 やめてほしい。

 ジャージで色気は抑えてるが、精神衛生上、大変よろしくない。

 最近には珍しくしどー君が動揺を顔に浮かべているので、後で絞る。

 私の後ろから黒い影が立ち上っている気がするし、パパが嫉妬でグヌヌしてる。

 カオスだ。

 とはいえ、


「パパのこともパパと呼んでくれて構わないぞ。

 確かに男子も欲しかったし、息子が増えたよ、やったねママ!」


 いつもの調子に戻るパパ。

 何だかんだ大人で、ママも安心したようにパパの胸元に帰る。


「パパ、もう一人、産んじゃう?」

「それもありだねママ!」


 そしていつも通り、いちゃつき始める二人であった。


 ◆


「パパの酒がのめんのか~、むにゃむにゃ……」


 パパが一升瓶を持って転がっている。

 端から見たら昼から飲んでるダメ親父だが、パパはそもそも下戸である。

 家で飲んでいる姿は一度たりとも見たことがない。


「パパ、嬉しそうだったわね」


 端に引いた布団にパパを寝かしつけながら笑顔のママ。


「そうなの?」

「何だかんだ話してみて、パパは娘を託せる人だと確信したみたい。

 だから、飲めないお酒何て飲んで……可愛いったらありゃしない。

 きっと、息子が出来たらと思ってたのもあるんでしょうね?」


 あの後、パパとしどー君は二人で色んなことを話していた。

 特にパパが聞いていたのはしどー君の考える、これからの二人で過ごしていくための計画だ。

 当然だろう、娘を預けるのだから賛成とはいえ、無謀な所は諫めなければと息巻いていた。

 そんな二人で話させてあげようという事になり、私達はその間にパウンドケーキを作っていた訳だが、戻るとお父さんの手元には酒瓶とお猪口があった。


「良いお父さんだな?

 結構、細かいところまで聞かれた」

「でしょ?

 基本馬鹿だけど、娘バカだから、ちゃんと考えてくれるの」

「パパは馬鹿じゃない~。

 士道君、今度将棋でもしよう……ZZZ」

「はいはい」


 っと、呆れながら、私は水タオルをそのオデコの上に載せてあげる。


「こんなパパだけど、しどー君のパパにもなるからいたわってあげてね?」

「当然だ。

 話していていい人なのは良く判った」


 っと真剣な表情でメガネをくいっと人差し指で直しながら、


「愛の為に、色々と大変だったのも感動した。

 本当にお義母様のことを好いていたんだな、と」


 っと、しどー君が熱くなっているのが判る。

 何だかんだ、しどー君もパパもまっすぐな人間だ。

 気が合ったのかもしれない。


「お義母様なんてやーね、ママって呼んでね?」


 とはいえ、流石に色気ムンムンにママは苦手らしい。

 言われ戸惑うしどー君。


「……何というか、初音の姉のように見えて、そのママと言うのは、何だか背徳感が……」

「いいのよ、気にしなくて、ふふふ」


 新しいおもちゃを見つけた姉ぇのような表情をするママ。

 ショートカットの茶髪を弄りながら横に座るママに表情を固めるしどー君。


「お綺麗ですし、何というか、呼びづらいんですが?

 せめて、お義母様でお願いしたいです」

「こんなおばさんを綺麗だなんて……」


 しどー君の横からしなだれかかるママ。

 赤いジャージの前、封印がいつの間にか半分解かれており、私よりデカイ女を強調するサイズIの物体が露出されている。

 ちょっと待って、なんでブラをしてないんだ、このママ。

 しどー君の視線が私に向いてくる、助けてくれ、体が呆けて動けないと。

 魔性か何かである。


「体は正直、ふふふー」

「っ!」

「きゃっ♡」


 しどー君の手をママが取った瞬間だった。

 金縛りが解けたしどー君が動き、ママに襲い掛かる様に押し倒し、ズズズズというジッパー音をさせた。


「僕を試すような真似はやめて頂きたい」

「あら、残念。

 ここで手を出してきたら、娘をあげない口実に出来たのに」


 離れると結果、ママのジャージの再封印がなされていた。

 流石のしどー君だ、お色気に負けない。


「とはいえ、パパ以外のはしたこと無いから、堕とされたかもしれないけどぉ?

 お姉ちゃんに聞いてるけど、結構なモノをもってるのよね?

 本当に残念♪」


 上半身を起きあげながら、ペロリと悪戯っ子のように舌を出すママ。


「何というか、そんな気は無いのに、遊ぶのはやめてください……。

 冗談でもお義父さんに不義理です」

「じゃぁ、ママに気があったらいいんだー?」

「その気があっても僕はお応えしません。

 僕は初音を無事に持ち帰りたい」


 しどー君が距離を取ろうと後ずさりするが、ママがそれを追う。

 そして狭い部屋の角に追い詰められてしまう誠一さん。


「イイ子ね?

 食べちゃいたい。

 とはいえ、少し自信なくなるわねー。

 会話と、この声と、ボディタッチで稼いでるのに……」


 ようやくママからしどー君から離れながら、


「これぐらいは息子になるのだからスキンシップよ、許してね?」


 オデコにキスをしやがった。

 それでも私は極めて冷静に言ってやる。


「しどー君が年増のママに惚れる訳ないし」

「……何か言った?」


 内心イライラしていたのが出てきたのかもしれない。

 失言だと気づいたのは、


「あいあんくろー♡」

「あいたたたた、ママ、めんごめんご!」


 ガシッ! という音共に、私の頭蓋がミシミシという音が聞こえた時だった。

 実はリンゴを手で握りつぶしてジュースにできるママである。

 大変痛い、必殺技だ。


「痛かった……。

 しどー君、一つ言っておくと私が男をたぶらかしたいと思った原因はママよ」

「……どういうことだい?」


 しどー君が問いかけると、ママが代わりに、


「バーのママしてるとね、何だかんだタッチまでは許しちゃうの。

 服の上からだけど、そこを観られてね?

 お金を得ながら、男を誘惑する話をしちゃってね……そこからお姉ちゃんは興味を覚えたのがあってね……。

 そんな親が言えた義理でもないし、ノーと言えば突っ走っただろうし、最悪家出も見えてたから……なら、コントロールしよって」

「それで初音は足を壊した時にたぶらかしに走ったのを黙認したと……」


 しどー君が納得するように締める。


「さておき、まだ三十入ってすぐのお姉さんだからね?

 おばさん呼ばわりは禁止よ?」


 と威嚇するママ。

 笑顔とは本来威嚇であることを実践しないで欲しい。

 流石の年の功にしどー君も顔に青筋が見えた。


「ところで、誠一君はこんな娘の何処が好きになったの?」

「普通、渡す了承をする前に聞かないかな……。

 パパもだけど」


 呆れながら私が言うと、


「うちの家系、決めたら突っ走るから意味無いのよね……だったら、出来る、出来ないや何でを聞くより、する、しないの心持ちの覚悟を先に聞いた方がいいでしょ?」

「確かに」


 何処か諦め気味なママに同意してしまう。


「しどー君もそうだよね……」


 実は似た者カップルであると、染々と言う。


「一目惚れです。

 運命的なものを感じたんです。

 それで色々と話すようになってからは世界が広がって、エロイことも叩きこまれたり、凄い子だなと、どんどんと好きが高まっていったんです」

「……///」


 顔を赤らめて、乙女のようにモジモジする私。

 言われてて、悶えてしまいそうになる。


「ふふ、律儀ね。

 そういう所がお姉ちゃんも好きなんでしょうね。

 もし、この子が貴方をないがしろにするようになったら、来なさいな。

 息子として慰めてあげるから。

 もう、貴方も初音家の家族なのだから」

「……ありがとうございます」

「可愛い息子が出来て、ママ嬉しい!」


 頭をさげたままお礼を述べる士道君に感極まって抱きつくママ。

 私たちにするのと同じ行動だけど、そればかりは止めて欲しいと私は引きはがしにかかる。

 女性しか子供が居ないから、距離感が判りづらいのは解るが、ほどほどにして欲しいモノである。

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