第11話 運動会の会議ですが、なにか?

 さて六月の初旬、来週日曜日に運動会が開かれることになっている。

 それの競技決めを委員長が取り仕切っているのを見つつ、何に出ようかと悩みながら、制服スカートの下を見る。

 私の足。

 中学生の時に事故があり、全力で打ち込んでいたマラソンが出来なくなった足だ。


「クラス別リレーは、身体測定時のデータ的には僕と彼女だろうから決まりでいいかね?」

「さんせー」「いいんちょーがんばー」「お嬢もがんばー」「見せ場だが、反対できない……! 圧倒的な差……!」「これが生まれの差というヤツか」


 そうこう言っているうちに、一番最後の華であるクラス別リレーの競技者が決まる。白髪白肌の委員長と金髪褐色肌のお嬢だ。

 確かに彼、彼女らは二百メートル走で確かな一位の成績を残している。というか、全種目一位だ。なんで二人とも体育会系に入ってないのか不思議なくらいだ。

 そんなもんだから、誰からも文句が出ないのは当然だ。

 ちなみに私は陸上系は全部二位だった。

 本気で走ったわけではない。本気で走れるわけでもない。

 もうそれは出来ないのだから仕方ないと思う。


「くよくよ悩むな、ビッチだろ私は……!」


 良くない方向に思考が流れているのでそう呟いて、今の自分を自認する。

 一つに自分が一番重要なのは、ビッチであること。

 二つに自分が重要なのは、今、もう走ることに未練がないと思うことだ。

 確かに華を取られるのは悔しいがこればかりはどうしようもないことだ。


「初音さん?」


 隣のしどー君が小声で声を掛けてくる。

 同時に心配そうな表情で見てくるが、そんな表情で私を見ないでほしい。

 どんな表情を私自身がしているか、感づいてしまいそうだから。


「女子の千五百メートル走の候補はいないかい?」


 委員長が自薦を募る。

 おおとりの一つ前の競技で、個人戦の中では一番目立つ。

 私は手を挙げるか迷う。

 誰も自薦しないなら、どうせ身体測定の時のデータで決まる。これも二位の私に相成るわけで、どうせこのままだと決まってしまう。

 それならば仕方ない。

 やろうではないか。


「はい!」


 そんな消極的な考えをしているのを打ち消すかのように、元気のよい軽やかな声が上がった。


「っ⁈」


 自薦する子が出て私はどうするかを自分で決めなければ成らなくなった。

 確か野球部のマネージャーで千五百メートル成績三位の子だ。

 彼女なら確かに問題ないとクラスの承認も取れるだろう。

 どうする私……。


「他薦は良いのか、委員長選の時のように」


 しどー君がふとそう告げる。


「当然だとも、皆で勝つ。そう僕が言った。だから、最善を協議したいとでもいいたいのだろう? マジメガネ……をっと眼鏡をしていないから士道君というべきだね?」


 ニンマリと嬉しそうな顔をさせながら委員長がしどー君を観る。それは別の意図で他薦を提案したのだろうと読んでいるような、不気味な笑顔だった。


「あぁ……」


 それに吞まれまいとしどー君が、左こぶしをぎゅっとさせ、右手の手のひらで、


「僕は初音さんを推薦する!」


 私をエスコートするかのように指名してくれた。

 私の中で悩んでいた気持ちが吹き飛ぶような爽やかな風が吹いた気がする。


「勝つからには、記録二位の初音さんを出すべきだ!」

「なるほどなるほど、確かにそれは一考に値するね?」


 委員長が楽しそうに微笑む。隣の女性委員長、ちっちゃい白髪白肌の妹ちゃん(可愛い)は慌てながら黒板に名前を初音と付け足す。


「……ちなみに、本人はどうなんだい?」


 一拍おいた鋭い委員長の視線が私を見てきて、それに釣られ皆の目が私に向いてくる。

 相変わらず視線誘導がうまい。


「……仕方ないなぁ、マジメガネなんかに指定されて降りたらビッチの名折れでしょ? 逃げないわよ、私は。ご指名されたからにはやる」


 ヤレヤレと大げさな素振りを見せて、受け入れることにする。メイドやっていることがバレたり、しどー君との関係がバレたりするのを防ぐためだ。


「ふむ、本人意思も問題なさそうだ」

「私の時、本人意思確認取らなかったよね……」


 口をとがらせる委員長の妹ちゃんから突っ込みが入るがあえて無視する委員長。本来であれば委員長の男女はお嬢と委員長で決まる路線だったのを、強引な他薦でお嬢から自分の妹に運命を切り替えた委員長である。


「投票だ。

 単純に手を挙げてくれ。初音君が良いと思う人」


 全員から手が上がる。

 自薦していた女生徒からも上がっているので、満場一致というヤツだ。


「安心し給え、もし君がコケでもしても最終種目で挽回出来るから、気楽にだ」

「――その嫌味っぽい内容、何とかならないの?」


 ちょっとカチンと来たので言い返してやる。


「嫌味? 心外だねぇ?

 心配させないように配慮しただけだが?」


 委員長が皆を安心させるように微笑みながら、私の言葉をいなす。


「足に不調が出るなんてよくある話なんだから、君だけで気負うことはない」

「そうだよ、初音さん。

 全部、これに任せちゃっていいから」

「これ扱いと足蹴はやめたまえ」


 妹ちゃんが、ゲシゲシと足蹴にし、委員長を蔑ろにする。委員長をあんな扱い出来るのは、妹ちゃんだけだろう。

 皆がそれを見て笑いあう。

 だが、私の思考はそこに無かった。

 なんだこいつ、私の足のことも知っているような素振りだ。これまであってきた男に該当しない、得体がしれなさすぎると、恐怖を覚えていたからだ。


「初音……?」


 ふと名前を呼ばれた気がしたので、呼ばれた方を向くとマジメガネが心配そうな顔をしてくれていた。

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