第16話 進路決めましたが、なにか!
朝。
私、初音としどー君はマンションの廊下を走っていた。
電車に乗り遅れると遅刻が確定してしまうからだ。
私は良いのだが、マジメガネの彼は自身を許さないだろう。
というか原因だが、朝、ちょっと風紀委員の当番でない彼を胸でしてしまったのでその後片づけに追われたのが大きい。
下手をするとしばらくそういうの禁止になる。
ヤダ。
私、ビッチだもん、しどー君いじめるの大好きだもん。
エレベーターから降りた時に、
「このままなら間に合うな……」
しどー君がそういうので確かなのだろう。
マンションから地下鉄ブルーラインへのいつものラインだ。
「……ごめんね、しどー君」
「拒否しきれなかった僕が悪い」
と、自分のミスだと言ってくれるしどー君は責任感がいつも通り高いのだが、申し訳なくなる。
「さて、電車の中で勉強観るからね?」
「おねがいしまーす、しどー先生♪」
そんな話で先生プレイをしたことが無いなと思ったので、今度やることにすることを決意する。
さておき、
「ん?」
地下鉄への通路の途中、人が倒れていた。
女性だ。
「……初音さん、先に行け。
大丈夫ですか?」
というだけ言って、その女性に声を掛ける。
呻くだけで反応が無い、おかしい。
見ればお腹が大きく、下から水が漏れている。
「破水してる……!」
つまり、赤ちゃんが生まれそうなのだ。
私も駆け寄る。
「しどー君! 私がみてるから、病院に電話して!」
「あぁ!」
と、スマホの電話を促しながらどうしようかと行動を……とりあえず、スマホで調べる。
こういう時の文明の利器だ。
「しかたないよね! しどー君もシャツ借りる!」
っと、下から流れ出てくる羊水にカバンから取り出したナプキンを当て、その上からあふれ出すのは脱いだシャツでカバーする。
ブラジャーだけの格好になるが、仕方ない。
しどー君のシャツを地面に引き、その上に乗せ、様子を見ながら、声を掛け、楽な恰好にさせる。
「救急車はいつ来るって?」
「今出た、五分ぐらいでつくだろう」
一息だ。
今行けば、まだ電車に間に合うが、さすがにそこまで無責任なことはできない。
ビッチは面倒みが何だかんだ良いのだ。
足下を走る電車の振動を感じながら、学校に電話を入れる。
「電車いちゃったね」
「あぁ、まぁ、これをしないと悔いが残るからね。
良かったと思う」
救急車が来た。
「病院、初音さんはどうする?
親族に繋がらないらしいから、僕は付き添う。
状況を伝える必要もありそうだし」
「私も当然行くわよ、当然。
途中で投げ出すのは性に合わない」
「なんだかんだ、君も真面目だよね」
「しどー君に言われるとちょっと、どうなんだろうかと思う」
頬が熱くなったので、彼の背中を一叩きしてやる。
照れ臭かったのだ。
特に問題なく救急車に乗りこむ私達。その妊娠中の女性を苦しそうにしているのをみながら、声を掛け続ける、救急隊員。
私はそれを見ているだけだったが、子供を産むというのは大変なのだなと、真剣さに目を奪われていた。
結果、無事出産が終わった。
時間はもう一二時を過ぎている。
完全にサボりだ。
しどー君は救急隊員に状況を説明したら、お役御免だと、私と二人で病院の椅子で待機としていた形だ。
上着は病院服を借りた。
「電話で遅刻の件を説明したら、お父さんには怒られつつ、褒められたからちょっと複雑だ。
昔の中国の武将、韓信の例を出されたよ……」
そんな人物は知らない。
「どういうこと?」
「付き添わなくてもよかったのだと怒られ、責任を最後まで果たしたと褒められたってことだ」
面倒な父親だと思いつつも、筋は通っている気がする。
「とはいえ、赤ちゃんの姿を見たら、そんなことも気にならなくなったね」
「確かに」
女性の許可を貰ったうえで、窓ガラス越しに見せてもらえた。
何というか、猿な感じではあったが、それでも胸のあたりがくすぐられるものがあった。
母性本能が働いたのかもしれない。
「しどー君」
「何だい?」
「赤ちゃん欲しくなった」
ぶっと、噴き出すしどー君。
正直に言いすぎた気がする。
「な、なにを言ってるんだ、初音さん!」
「いや、別にエッチとか関係なくね、赤ちゃん見てたら……こう、母性本能? みたいなのが湧いちゃって。もししどー君となら、マジメなのかビッチなのか、どっちが産まれるんでしょうね?」
「……何を言ってるんだ、初音さんは……」
呆れられてしまう。
「ちゃんと、大学卒業して、医者になった後なら……欲しいとは感じた」
「ふーん、マジメガネに付き合ってくれる彼女なんてできるかな?」
ニシシと笑ってやる。
すると複雑な顔をしてくるしどー君。
「とはいえ、しどー君、お医者さん目指すんだ。
お父さんの影響?」
「それもある。
それに今日、二人の命にかかわって、絶対になるんだと心が固まった」
ぉ、マジメモードだ。
目元がぎらぎらしている。
カッコいい。
「そしたら、私も医者になろうかな」
ともあれ、私も今日の出来事は大きなことだった。
初めて人の生死に関わることに触れ、スマホを見ながらだが助けとなれたのだ。
その結果、赤ちゃんは無事に生まれた。
ここで嬉しさが生まれたのは動機としていい筈だ。
「……赤点ギリギリになりそうな私じゃ、ムリかな?」
「ムリじゃないさ、今から二人で頑張れば」
こんな日であったが、授業よりも有意義な一日だった。
私としどー君の進路が大きく決まったのだから。
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