第35話 奪うのでなく奪われた〇

 どうやら僕、風祭疾斗かざまつりはやと。気がつけば爵藍颯希しゃくらんいぶきの実姉『爵藍真騎しゃくらんまき』に生まれ変わったらしい。


 ───って、そんな訳あるかぁァァァいッ!!


 しかし仲睦なかむつまじき妹に押し倒されては、抵抗など出来よう筈もない。こんな泣き笑いした可愛き妹、このあずけるが道理というものだ。


 その本物の長い黒髪を優しく撫でてみる。さっき疾斗よりも、何故か上手くやれてる気さえしてきた。


「…………ご、ごめん。本当に訳判らなくて」


 此処でようやく颯希が僕を現実に引き戻してくれた。


「もぅ気づいてるだろうけど、此処がお姉ちゃん、真騎まきの部屋なの……」


「お姉……真騎さんは、どうしているんだ?」


 僕も疾斗としての口調に戻れた。何らかの事情があって、このオタク部屋が長いこと使われていない位は理解出来る。


「お姉ちゃん、フリーのカメラマンを目指したい。だから世界を巡って勉強してくるって言ったっきり………えっと、4年位音沙汰連絡すらも無いの」


 何とも複雑な表情で、颯希が真騎さんと化した自分を見つめる。女性が独り……家を出たきり連絡すらも寄越よこさない。それは心配であるに決まっている。


「………そ、そうか心配な話だな」


 一体何と声を掛ければ良いかまるで要領ようりょうを得ず、結果語彙力ごいりょくとぼしい事しか言えない。


「う、うんっ………で、でも余程の無茶をしてない限り、大丈夫だって信じているの」


 僕に身体を預けたままの姿勢、上目遣うわめづかいで応える颯希。言ってる割には不安げな顔である。


「そ、それにいくさびしいからって、今日訪ねて来たばかりの疾斗に、お姉ちゃんの面影おもかげ重ねる押し付けるなんてどうかしているよね」


 ───うんっ………それは正直そぅ……。


「ちょ、ちょっとたずねても良いかな?」


「………? いい、けど………」


 こめかみをきながらはにかんでみる僕。メイド姿の颯希の傾げ首傾げが、余りにもとうと過ぎてとても直視出来ない。


「い、今の僕って、そ、そんなに真騎さ……んに似てるのか?」


「………似てるっ!」


 ガバッ!


 またしてもからベッドに押し付けられてしまった………。次は真っ直ぐな蒼い瞳を寄せられた。しっかりトリートメントしたであろうの髪の毛が良き香りと共に僕をまどわす。


 ───そ、そんなに!? こ、これは喜んで……いや正直まるで要領を得ない。


 もしこの部屋に監視カメラが存在したら以下の様な構図であろう。


 超絶可愛いメイド妹に押さえられている顔を真っ赤にして恥ずかしがる、もう一人のメイド


 やはり途方もない花園楽園なのだが、それを形成しているのが僕こと風祭疾斗という在り得ない図式であるのが実に問題だ。


 ───これでは素直に………。いや待て、何をふけっているのだ風祭疾斗よ。


 女同士百合の楽園にうつつを抜かしている場合じゃない。


 ───ンンッ、待てよっ!? こんな場面を僕は知っているぞ?


 風の国、フィルニア姫の専属メイドが、辛抱しんぼうたまらず押し倒してしまった話を………。


 クソクソクソッ! 


 疾風はやて@風の使い手めッ! カクヨムにそぐわぬ全年齢対象でない何とも不謹慎ふきんしんな話を書きおってからにィッ!!


 ───いやそれはである。むなしさが真騎の無い胸に去来きょらいした………。


 だからきっとが悪いのだ………。待て待て、そんな話じゃァァないッ! 


「あ、ご、ごめんなさい。いくら何でも悪ふざけが過ぎたね………」


 颯希がようやく僕を御褒美ごほうび………それも異なる。拘束こうそくから解放してくれた。


「………あ、嗚呼、いや、その、何だ………。確かに正直驚いたけど、僕が真騎さんの代わりに寂しい気持ちを補完出来たなら……ま、まあいいや」


「うぅ………あ、ありがとう疾斗ぉぉぉっ!!」


 涙で引きった顔の颯希が真騎をギュッと抱き締めてきた。だがそれはたかぶった感情による一瞬で終わった。


「………は、疾……斗」


「え………あ、は、はい。何でしょう?」


 颯希からの拘束抱き締めこそ解かれたものの、空の様に蒼き瞳が放してくれない。


「お、御礼を……さ、させて欲しい……の」


 ───タメが長ァァァいッ! なまめかしいが過ぎるぅぅぅッ!


 スッとから離れた颯希。ベッドの端に座り、短いたけであるメイドのスカートをさらにまくって膝をさらした。


「………!?」


「此処、膝の上に頭を乗せて。耳掻みみかきをしてあげる。お姉ちゃんも大好きだったのを………」


 パチンッ。


 白い柔肌の膝を叩いて僕をいざなう。スポーツ万能な健康優良児、逢沢弘美あいざわひろみ程ではないが中々の太腿ふとももだと気づかされた。


 バイク乗りは自然と脚も引き締まるのであろうか………。


 ───って〇う〇うっ、そうじゃ、そうじゃなぁい!


 えぇっ………噓だろう。舞桜実妹にされたことはある。だ、だけどまさかあの颯希姫の耳掻きっ!?


 しかもメイド姿。おまけに僕までメイド姿だ。

 こんなシチュエーション、Youtubeの男性向けASMRだって、そうそう無い図式だ。大体あちらは仮想現実バーチャル、此方は現実リアルだ。


 仮想を外した現実が、しているのだ。


 ───ええいっ! ままよっ!


 がその長い金髪の頭をの膝へ預ける。さぞかし優雅な絡みに違いあるまい。


「ふぇっ!?」


「………? どうしたの?」


 こ、これがちまたうわさ!? 途轍とてつもない破壊力。実妹舞桜も中々にしたが、此方の妹君はまるで顔が見えぬのだ。


「な、何でもない!」


「……? クスッ、変なの。じゃあ右からお掃除するね」


 4は妹の成長ぶりに、胸昂ぶりつつ顔を真横に向ける。妹に可愛く笑われてしまった。


 耳搔き棒がゆっくりとの中を突き進んで往く。嗚呼アアンッ………何だろう、この


「アレ? き、綺麗………だね」


 それはそうだ。ついこの間、舞桜にして貰ったばかりである。よもや耳の中すら4年振りとでも思ったのであろうか。


「うぅ………こ、これじゃ耳を傷つけちゃう。梵天フワフワだけにするね」


 ───み、耳元でガッカリしない囁かないででくださいィッ! ハァハァ………き、気が変になりそうだよっ!


「あっ………」


 耳搔き棒の反対側、梵天ぼんてんが交代してきた。僕の中の真騎姉がもう我慢ならずに、男とは思えない声を上げた。


 掻き出す耳垢ゴミが存在しない。それでもフワフワが真騎姉の中をやんわりと掻き回す。真騎は危うく落ちかけた。


 左右の耳掻きは直ぐに終わり、これで颯希御礼御褒美TIMEは終わりかに思えた。


………ちょっとだけ仰向け上向きになってくれる? あ、目はつぶって………」


「え? あ、う、うん………」


 言われるがまま真騎姉は仰向けになり、その目を閉じた。もう爵藍家に来て以来、がどれだけあったことか思い出せない。


「………ンッ」


 ───!!!??? な、何ッ!? 今、くちびるに触れた柔らかい感触!?


「………い、良いよ。こ、これで……お、お終い。こ、今夜は、この部屋で………寝て…ね」


 やられた………。恐らくの爵藍真騎ですら受けていないであろう行為を受け入れてしまった………。今夜一番のだ。


 これが恐らく爵藍颯希の、先程果たせなかったモノ時間を取り戻したのだ。

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