第22話 白い奴と颯希の"彼氏"

 ガタンッゴトンッ、ガタンッゴトンッ…………。


 かくして僕、風祭疾斗かざまつりはやとは、己の創立記念日誕生日に於いて、超絶美少女爵藍颯希の隣に座り、特急ではないローカル各駅列車で二時間程揺られている。


「府中………か」


 17回目の記念日にて僕はデートという二重ふたえ幸福極み………を受ける筈であった。けれども夢の国自主規制はおろか、東京23区すら車窓の枠から遠のいてゆく。


 べ、別に西東京を馬鹿にするつもりなどさらさらない。自分の住んでいる○○ニュータウンとは比較にならんほどひらけている。


 だがこの先、高校生カップルがワイワイキャキャと楽しめる様なスポット………少なくとも僕は知らない。一応ジャケットを新調し、僕なりの気合を入れている。


 ───暑いけどね………流石に。10月上旬、快晴とくれば自然と汗がにじむのを止められない。


 洋服にセンスなど微塵みじんたりとも自信がないが、取り合えずよろえばどうにかなるさと着込み過ぎた。


 僕の服のセンスなどどうでも良いのだ。そうであろう諸君しょくん(?)肝心要かんじんかなめ颯希いぶき姫。いつものブレザー学生服か、極々たまに覗き見る体操着しか知らないのだ。


 普段DU◇Eバイクに乗るべく長袖しか着ないと豪語ごうごしていた彼女だが、意外や意外………本日のは、淡い空色のワンピース。胸元には、清楚せいそな長めに垂らしたリボンが揺れる。


 それも生地がひっらひらで、袖もスカートも丈が短い。これが同じ西でも横浜や江の島辺りに、この格好で繰り出すのであれば、注目の的となったに相違そういない。


 まるで過ぎ去ろうとする夏を惜しむかのような軽装ぶり。無論、語るまでなく態々わざわざ海へ繰り出さなくとも、僕的には充分眼福がんぷく。なにせひっらひら何か見えそうである。


 これで小粋こいきバスケットかごのバッグを持っていて、中身がいつもの手料理であれば………。


 街中デートでもなくとも、何とも優雅ゆうがなピクニックという幸せの方程式が成立するが、それは今回御縁ごえんがなかった。


 ───まあ………それは良い。


 そんなことより、どうにも思い詰めた感じの顔つきが気になって仕方がない。口数も大変少なく、楽しいデートをしている風ではない。


 たまにスマホと電車のアナウンスを確認する素振そぶりを見せる位だ。


 恐らく傍目はためには、偶然乗り合わせただけの擦れ違いの二人赤の他人………その程度にしか見えないと思われる。


「………次、降りるから」


 ポツリとつぶやく颯希。危うく聞き逃す処だった。


 プシューッ


「………え、此処?」


 電車のドアが開き、ホームの景色が目に飛び込んだ途端、僕は絶句する。信じられない位、何もない簡素な駅だ。


 売店もないし、北口以外の出口すらない。後は小さなコンビニが1軒ある以外、古い住宅しか見当たらないのだ。


 呆気あっけに取られる僕を置いて、颯希はヒールをカツカツと小気味良く鳴らしながら歩を進めてゆく。白く編み目の絡む御洒落おしゃれなサンダル。


 これもバイクに乗るためにファッションを犠牲にしている普段の颯希だったら絶対かない。バイク素人の僕ですら、これで運転は危う過ぎる。


 ───って、今はそんな場合はでない。この先に彼女の思うデートスポットがあるとは到底信じ難しだ。


「………此処よ」

「えぇ…………」


 颯希があでやかなネイルで指したその先にあるのはただの古ぼけた民家である。特筆することを無理矢理付けるとするなら、周囲の住宅に比べ敷地が広い。


 あと個人宅とは思えぬ程の大きな倉庫らしい建物がのきつらねている。家よりもそちらの方が目立つ程だ。


 初めましての家の門前にいて、あろうことか僕は、困惑こんわくの声を漏らした


 ピンポーンッ


「………はーい」

「あ……爵藍しゃくらんです、爵藍颯希しゃくらんいぶき


 インターホンの中から中年女性らしき声が聞こえてくる。返答する颯希の声がどうにもたどたどしい。


 ガチャッ


「おぉっ! 待ってたよ爵藍ランちゃん! そっちが例のだね」


 インターホンの主とは明らかに異なるであろう肥えた男性が『待ってました!』とばかりに玄関のドアを勢い良く開いてきた。


「………いや、か…」


「はい、そうです。風祭疾斗かざまつりはやと君。です」


 僕が彼氏を否定をしようと口を開く前に、それは颯希の声でき消された。


 ───待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!


 ───今、何ったァ!? 『』!?


 フラリ~、思考停止フリーズしてよろめいてしまう僕。あとこの紳士、シレッと『』って枕詞まくらことばを付けたよなあ?


「ささ、暑いだろ? 家に上がって待っててくれ。直ぐに倉庫のかぎを開けるからさ」


「………お邪魔します。ほおらっ! 何ボーッとしてんのよ!」


 太めの紳士が不精髭ぶしょうひげさすりながら家の中へと、僕達をまねき入れる。グイッと颯希が、ふらつく僕を引っ張り上げた。


 何が何やら急転直下。中では「ごめんなさい、麦茶しかないけど……」と、40代位のご婦人インターホンの主が冷えたグラスに注いだ麦茶をお出ししてくれた。


 勿論のどは乾ききっており、何よりも有難ありがたいおもてなしである。


 もっとも僕の精神状態こんらん、この飲み物がコーラやサイダーであったとしても、味覚が正常に機能しなかったであろう。


 ガラガラガラガラッ!


 倉庫のシャッターが上がってゆく、かなりさわがしい音を立てて。恐らくさびか何かで稼働が悪くなっているのだろう。


「おーいっ! こっちだあ、奥から回んなっ!」


「はいっ!」


 まだ飲み終えていない麦茶を持ちながら、またも颯希に引っ張られつつ、言われた場所へ案内される。ほこりにまみれた倉庫の奥。


 白いソイツがたたずんでいた。

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