第2部『意識の魔道士』

第12話 誰よりも大きな"華"火

 ───ハァハァハァハァ………。や、やっぱり此処だったな。


「は、はやっち!?」


 此処はこの運動公園の中でも特に緑の生いしげる所。そうだ、此奴弘美子供ガキん頃からそうだった。


 女の子のくせにやたらと高い木に登っては、僕のことを笑って見下ろすが好きだった。そして何か嫌なことがあった時も同じ行動を取った。


 誰にも邪魔されず物思いにふけることが出来るおあつらえ向きの場所って訳だ。


 心配になったが見つけると、涙で赤みが差した顔のくせして、やっぱり笑い飛ばされたものだ。


「………アーッ、ハァハァ………。ま、先ずその、だ、呼び方、や、止めろ疾斗はやとだ」


 だ、駄目だ。完全に普段と異なる人格が顔を出るのを抑えらんない。だがもう、そんなことどうだっていいっ!


「ふ、フフッ………。さ、流石に今日ばかりは笑い飛ばせないらしいな。つ、ついでだ。は、早く此処へ


 息が未だ上がっている虚弱きょじゃくの割に上からの物言いでまくし立てる。普段のとは180度様相ようそうが違うので、言葉を失いながら弘美は降りて来た。


「は、疾斗………?」


 やたら高飛車たかびしゃで別人な風体ふうていの風祭疾斗に、首をかしげながらおびえた視線を向けてきた弘美。


 ガシッ!


「おぃ、弘美、テニスは好きか?」

「……ど、どうして……」


「まず俺の質問に答えろっ!」


 弘美の震える両肩を鷲掴わしづかみにして揺さぶりをかける。俺の変貌へんぼうぶりの理由を聴きたい弘美に対し追い討ちをかけた。


「…………す、好きだよ。好きだった、楽しいかった」

「じゃあ次だ、試合に勝つのは嬉しいか?」


 上がった息を未だ整えながら絶対に視線を外さない俺。遂に弘美の心境本音炸裂さくれつを始める。


 破顔はがん………と言えば普通、笑顔を指す表現だが、こみ上げてくるものに最早耐え切れず、その端正たんせいな顔立ちを大いにゆがませる。なので相応ふさわしい。


「当たり前じゃないッ! 嬉しかったッ! 初めて勝てた時は特にッ! ……けど、判んなくなっちゃったァァァッ! アァァァァッ!」


 俺の頼りない胸を、両の拳で叩きながら感情をき出しにする。涙腺るいせんせきが解放され、ドッと涙があふれ出す。


「だけどもうこれ以上前へ進みたく勝ち上がりたくないのよ…………」


「…………」


「皆の期待が重過ぎてどうにかなっちゃいそう………もうどうしたら良いか判らないッ!」


 そしてそのまま俺の胸に頭をうずめて沈んでゆく。ポニテをとめめていたシュシュが、こすれてスルリと外れてしまう。


 いつも元気で活発に動く彼女のがたちまち崩れ、長い長い腰まで届く茶髪ブリーチ色がハラりと宙を舞い、か弱き女子にかえってゆく。


 これが逢沢弘美の本性ほんしょう……多分、幼馴染おさなじみの俺しか知らない本来の姿だ。


 そして今の風祭疾斗の立ち振る舞い……これも幼馴染の此奴弘美が初披露だ。俺の胸を支えにそのまま嗚咽おえつを漏らす弘美。


 いっそこのまま優しく抱いてやるのがモテ男子の気遣きづかいなのかも知れない。


 ───だけど俺はイケてる男でもなければ、此奴の彼氏でもない。


 俺は再び弘美の肩を掴むと少し強引に引きはががす。そして涙だらけで歪んでいるであろう視界へ、眼鏡を外した両目を被せた。


「………は、疾……斗?」


「そうだな、テニスの方は名選手プレイヤーでも、実は泣き虫のお前に、こうも身勝手な期待を押し付けられたらたまったもんじゃないだろう」


 ハンカチなんて気の利いたものは生憎あいにくだが持ち合わせがない。俺の袖口そでぐちでその赤ら顔をいてやる。


「だけどな弘美………。俺はお前が子供の頃、枝の上で一人、語った夢の話を覚えているんだ」


 ───そうだ、ついこの間の様に頭に浮かぶ。夏の夜空に咲いては消えるはかなきらめめきよりも輝いてるとあこがれたお前の夢だ。


「私、元気しか取り柄がない。一体何が自分に向いてるかだなんて、今はまるで判らない。だけど、何だっていい。いつか必ず、あの花火にだって負けない大きなはなを咲かせて、皆に自分の元気を分けたい」


 昔話に驚き目を見張る弘美。しかしすぐにうつむいてしまう。これは間違いなく自分の言ったことを覚えている態度だ。


 だからこそあの時の自分を打ち消す様なことをやろうとしているのに気付いてしまったのだ。


 それも真っ先に自分のを見て欲しかった筈の相手の目の前でやらかした。


「俺はあの時のお前が、どんな花火よりもまぶしくてどうしようもなかった。正直、うらやましかった」


 ───そう、羨ましくて仕方がなかった。日々をただダラダラと浪費することに何の疑問も持たなかった俺の心はくさびを打たれた。


「そ、そんなこと……言ったっけ………」


 この期に及んで未だにシラを切る。でもその気持ちも良く判っているつもりだ。


 逢沢弘美16歳は、その華を開く手段を持ち得たかも知れないというのに、いっそつぼみのうちにんでしまおうかと、この俺に打ち明けてしまったのだから。


 落としてしまった赤いシュシュを拾い上げ、その手に渡す。頑張った成果の豆を作っては潰した跡が残っていた。


 ───努力の内に輝きを見出みいだしただ。


「当然だけど俺は、お前じゃない。だから何も強制させやしない」


「………」


「けど、昔馴染みの根っから友達ファンとしてこれだけは言わせてくれ。弘美が楽しいって思える道を歩んで欲しい、そしたら俺は勇気を貰える」


 ───いくら何でも格好かっこう良過ぎだ。今更だけど勢い任せで演じた良い男っぷりに恥ずかしさを思い出す。


 Web作家『疾風はやて@風の担い手』は、これまで書いた登場人物の数だけ、自分の中に


 感情が高ぶり過ぎてタガリミッターが外れると、まるで多重人格の如くそれらが顔を出すのだ。


 寄って落ち込んだ今の弘美をはげますには、より此奴が良いと思った。でも流石にやり過ぎだと、自身の深層意識に突っ込みを入れた。


「………疾斗っ!」


 ───参った………。結局向こうからギュッされてしまった。うーん……やはりこういう時って、男子の方が背の高い方が、軍配が上がるに決まっている。


 これでは女子に抱かれたお気に入りのいぐるみの様で、どうにも落ち着かない。


「ね、ねぇ………疾斗?」


「んっ? どしたん?」


「『根っからの……』それに私が勇気を上げられるんなら………………その………」


 ───モジモジと中々言いたいを切り出せない。これは幼馴染のも知らない。


「な、何だよ………ハッキリ言えよ」


 逢沢弘美の赤ら顔………これは涙でらしたせいじゃないってこと位、鈍感どんかんな僕にも流石に判る。だからいっそサッサと言ってくれ。


「私にも………私にも脈ありチャンスありと思って……良いんだよね?」


「………っ! か、勝手にしろ……」


 ───クッソ、僕より視線が高いくせに、意外な程、可愛げがあるじゃないかっ!


「うんっ!」


 試合に勝ってこれ以上、前に進むことを躊躇ためらっていた明誠高校テニス部エースの迷いは、吹き飛んだ。


 まるで森の精霊達が何処いずこへ連れ去ってしまったかのように………。

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