第14話 颯希"姫"は御立腹でございます

 風の国ウィニゲスタ……。


 高い山脈に囲まれて、山下ろしの風が吹きつけるこの地の呼称である。


 その山々は自然の要害ようがいとして機能しているが、同時に全方位上方から踏み込まれることを意味する危うき場所。


 しかしこの地に生を受け、衣食住を営む彼等は、この風をこよなく愛し、むし恩恵おんけいとして利用してきた。


 寄って異国の衆は、そのしたたかさぶりに、争いではなく共生を良しとしてきた歴史がある。


 代々王家としてこの国を治める『ウィニゲスタ』家。決して王という地位の上に胡座あぐらのかかず、民と同様の視点でつつましくを美徳としている。


 16代当主『ゼカタイ・ウィニゲスタ』とて例外ではない。ただ彼は生まれつき身体が弱かった。


 たが卓越した技術力と、誰にでも分けへだてなく注ぐ愛情から、民の信頼を集めていた。


 この国王ただ1人の世継ぎにして、風の精霊の優秀なる使い手が『フィルニア・ウィニゲスタ』皇女殿下こうじょでんかである。


 未だよわい15で在りながら、親譲りの民想いは人一倍強く、かざらない性格すらそのままなので、既に民から溺愛できあいされている。


 そんな彼女のただ1人の従者じゅうしゃ。その名は『カミル』


 フィルニアより頭一つ低い背丈せたけの男子であるが実にかしこく、それでいて鼻に掛けない処が気に入られている。


 ~~~


 ───嗚呼……昼間の弘美相手に引き続き、またしてもやらかしている。判っているのに歯止めが利かない。


 NELN通話というの向こう側。


 不甲斐ふがいない自分に今にも泣き出しそうな声を出してる颯希いぶきなだめようとしているがそのカミルなのだ。


 颯希いぶきの中にフィルニア風の精霊術士を見た僕にしてみれば、このカミル従者のやり方こそ、説得材料を持つさいたる者だと思い込んだ。


 これは完全たる余談。風の国、風を愛する強かな民、彼等をたばねるか弱きとも民からの信頼厚き王。


 トドメというべき風の担い手フィルニア…………『その者蒼き衣の何たらかんたら……』まで足し算すれば、僕自身、苦笑を禁じ得ない尊敬リスペクトが知れるだろう。


 ───まあ、取り合えずソレは置いておこうか。


「友達…………今確かに大切な友達って言った?」


「はい、確かにそう言いました。それが何か……」


 これが僕、風祭疾斗かざまつりはやとの枠をはみ出せない証だと直ぐに思い知る羽目になる。


 昼間の随分ずいぶん失礼な俺野郎は風の国の隣国、火の国の傲慢ごうまんなる第6皇子『フィアマンダ・パルメギア』だ。


 このフィアマンダを引き合いに出そうが、カミルに化けてうながそうが、僕の本質朴念仁は変わらない、変えようがないのだ。


「あ、ああ…………良いの! それさえ聞ければ私は満足っ!」


「そう……ですか。これは異なことをおおせになるであらせますれば……」


「えっ……」


 ときが止まる……とはこういう状況を差すのであろう。が余計な口走りをしたことにしばらく気がつかなった。


「………ァ?」

「わわわわっ忘れてくれぇ! その記憶をどうか消してくれぇぇっ!!」


 ──成りきり過ぎた、余りにも。僕の中のカミルが告げる『貴女ランが余りにもフィルニア様に似過ぎてるからいけないのです!』


 後の祭りだ、口から飛び出し颯希姫いぶきひめの耳に飛び込んだ奴だ。最早彼女の心の中ではりつけしょされてるに決まっている。


 颯希の「姫様ァ?」にはとてもそら恐ろしいものを感じる。最高にいじ甲斐がいのある飼い犬ペットを得た魔女の様だ。


「ち、ち、違うんだ! その位爵藍ラン素敵チャーミングっていう意味で……」


 ───僕はこのに及んでさらに仕出しでかしてゆく。


 自分でこれ以上傷口を拡げるを重ねるとは……。


「…………爵藍ら……ん?」

「え、え、あ、はい?」


 すごい間を置いた言い回し。『取り消せよ今の言葉』そんな高飛車たかびしゃぶりがを通じ伝わって来た。


「…………判りました、忘れましょう………そ・の・か・わ・り」

「??」


 待って、待ってください。颯希姫ってこんなんだったっけ!? 確かに押しの一手こそ強かったけど、こんな全てを見下したかのような態度を取るのか? 


 ───これじゃどっちかと言えば女王様だよ! 僕のカミル従者フィアマンダ第6皇子の方が余程可愛げがあるよ!?


「但し金輪際こんりんざい、私の事はって呼びなさい。そして貴方のこともぜぇぇ~たぁぁ~い、疾斗って下の名前で呼ぶから」


 ───こ、これは! 暴走した俺野郎フィアマンダがやらかしたやつの逆方式リバース!?


 まさかの颯希様からの下の名前お近づき宣言せん・げんッ! ………んっ? 待てよ?


 ───そうか、そういうことでございますね颯希皇女殿下フィルニア様。『弘美と疾斗だけなんて決して許しませんことよ』


「い、Yes! YourHighness!」


「フンッ、精々覚悟なさい!」


 事、此処に至れば最早ふざけ倒すしかない。全く以って望んだ結果ではないのだが、の元気を取り戻す報酬条件ステージクリアだけは達せられた。


「………と、処で話は変わるんですが、い、颯希…さん」


「コラッ! ちゃんと颯希って呼び捨てなさいっ! 出ないと月曜日にクラスで姫様呼ばわりされたって言いふらすよっ!」


「ひぃぃーっ! 止めてそれだけはァッ!」


 俄然がぜん元気を取り戻した颯希の声がスマホを通して耳をつらぬく。それだけは断固だんこ死守しなくてならぬ。


 嫁候補逢沢弘美が差し置いて、転入生を姫呼ばわりだ。クラスから僕の居場所は完全に失われるのが道理だ。


「わ、判った、わ・か・り・ま・し・た! だから僕の話を聞いてくれ!」


 負けじと取り合えず声を張ってみる。何にせよ話を聞いてくれないことには始まらない。


「はぁい、で、何なのよ?」


「ぼ、僕も………に興味を持ってさ………」


「え…………」


 ───これだ、これでようやく僕も望んだコートに立てた気分だ。颯希のその驚き声が聞きたかった引き出したかった

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