第13話 大事な友達

「ただいまぁ。あ、ママ。お弁当箱は、後で必ず私が後片付けするから、そのままにしといて……」


 私はダイニングキッチンに大きな包みを置くと、ロクに顔すら洗わず部屋のベッドへ飛び込んだ。


 ───あれじゃまるで私、嫌な女の子みたいじゃない…。


 だって仕方ないよ、風祭かざまつり君と逢沢あいざわさんがそんなに深い仲だったただの幼馴染じゃないなんて、知らなかったんだから。


 今日のお昼。


 やたらとから風祭君が帰ってきた後、コートに出てきた逢沢さんの様子が一変した。


 午前中、3つも試合に勝っているのに笑顔の一つどころか、どんどん暗い表情に変わっていったはずなのに、とても晴れやかな顔だった。


 ───あれではまるで『女心と秋の空』だよ、全く。


 それからは決勝戦が終わるまで、ずっと笑顔でテニスを楽しみ、やり切る彼女がやたらとまぶしく見えた。


 試合に勝って全国大会行きの切符を手に入れた結果こそ同じだけれど、周りに与える印象が180度変わってしまった。


 決勝戦こそ1セットだけ取られたけど、全然危なげなかったし、何よりもその眩しい誇らしさを風祭君一人に注ぎ続けているよう……少なくとも私にはそう見えた。


 それを受け止める風祭君の方も、普段のお寝坊さんじゃなくて、あからさまに受け止める側の顔をしていた。


 ───だから今日の私は余計なお世話お邪魔虫。あの長い長いトイレで風祭君は、一体どんなをかけたのやら……。


 クラスメイト逢沢さんの勝利と、喜びを分かち合う友達風祭君を祝って上げられない……とても心のせまい自分に腐りそうな気分だよ。


 ───…NELNの通知? 君? が酷いと思うけど、ガバッと起き上がりスマホを手に取る。


『@HAYATO1013 今日はゴメン。ちょっと今から話せるかな? 出来れば通話で』


「えっ! あ、あ、えと……いや、何を慌てているの私。通話よ、通話。別にくしゃくしゃの髪を見られる訳じゃないんだから………『うん、大丈夫だよ』………と」


 すぐに既読が付いた。どうしよう………。『今日は』? 謝んなきゃいけないのは私の方なのに……。


 それにしたってNELNがこういうの苦手? 完璧なフォローじゃない!


「わ、わっわっ!」


 風祭君から初めて来る通話のサイン通知音を聞いた途端、スマホを落としそうになった。


「あっ、か、風祭君っ!?」

「だ、大丈夫? 何か随分慌てているようだけど。無理ならまた掛け直すよ」


 我ながら最低な電話の取り方、慌てふためく様子が声ににじみ出てしまった。ビデオ通話じゃないのに相手に透けて見えたらしい。


「あ、い、良いの! だ、大丈夫。ちょっと眠くなっちゃって頭回んなくなってただけだから!」


「あ、あの量のお弁当を一人で作ったのだからそりゃあ眠いよね。ご苦労様」


 取り合えず真っ赤なうそ誤魔化ごまかしてみる。今日の出来事がグルグル頭を巡っているのだから眠たくなってる訳がない。


 でも気遣きづかいの彼にたまたま救って貰えた。


 ───お弁当………、そうだやっぱりその昼間の話題なんだ。


「いや、本当に昼間はゴメン。せっかく豪勢ごうせいなお昼を……増してや手料理で用意してくれたのにロクに食べられなかった。それを謝ろうと思ってさ」


「い、良いの良いのっ! 本当ホントに気にしないで! 少し作るのも沢山作るのも、大して手間は変わら……ない……か………ら」


 これは嘘じゃない。


 ───だけど私の聞きたい本音とこもその中にある。そんな気持ちがどうにも隠せなくて声が途切れ途切れになってしまった。


「か、風祭君……。こっちこそごめんなさい、わ、私が逢沢さんの応援なんて……出しゃばりすぎよね」


「え……あ、嗚呼……そうか、そうだね。むしろそちらの話を先に謝るべきだよな……」


 私の落着きがない移り変わり喋り方、大事なことを伝えてなかったことに気づいた風祭君のトーンが下がってゆくのがスマホ越しの私にも判る。


 それから彼は、逢沢さんと自分の関係を正直に話してくれた。


 子供の頃はとても仲が良かった大事な幼馴染おさななじみ。だけど中学、さらに高校へ進学したら、疎遠そえんにならざるを得なかったこと。


 そして逢沢さんの本音想いを実は知っていながら、受け止めようと向かい合わなかったことも……。


「僕はの好意を受ける処か、ないがしろにしてた……」


「………」


「………でも、これからはちゃんと向き合おうって決めた。それをあの時、伝えたに過ぎないんだ」


 やっぱり声量が小さい。だけど……何ていうんだろう、普段のはぐらかしてる感じじゃない。何ていうか男らしいいさぎよさが確かにあった。


「そ、そう……だよね。私、知らなかったとはいえ、二人の間を邪魔してしまった……ね」


「いや、それは絶対に違い


 風祭君と逢沢さん……この二人に立ち入る隙間すきまなんてなかった。


 もう諦めなきゃ……そう思い込んでいた私を、唐突とうとつな敬語で力強く否定する。


 ───首を横に振る彼の姿が見える気がした。


「え……」


、それは絶対に違います。そんなことで自分を責めたりしないでください」


「だ、だけど……」


 ───これは一体なに? 彼の姿が見えるどころか、私の手を大きなその手でつかみ上げてくれた感触すらある。


「………成り行きとはいえ、弘美の大切な舞台に誘ってくれました。お陰で僕は、再び彼女を大切なとして受け止める機会チャンスを得ました。だからとても感謝しています」


 とてもとても丁寧ていねいで穏やか口調………いや、だからこその強烈な説得力に押されてしまう。まるで私だけの執事しつじのよう…。


 ───んっ? 大切な………と・も・だ・ち?


 思い掛けない風祭君の変貌へんぼうぶりに、決して聞き逃してはいけない本質言葉を拾い忘れるところだった。

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