第19話 うちの可愛い妹の耳搔きがやたらと騒がしい件

 妹、舞桜まおからの意外なるお誘い。


 まあ断る理由もない。後は出来るだけその膝枕ひざまくらに負担をかけないよう、慎重に頭を載せる。


 そしてチラリと流し目だけで上の様子をうかがってみる。


 ───あれ? い、以外と……


「……お兄、何見てんの? ちゃんと耳を灯りに向けてくれなきゃ耳掻みみかきしづらいんだけど」


「あ、わ、悪ぃ……」


 慌てて視線を真横に向ける。するとグィッと耳を引っ張られた。が始まる。


「う、うーん……。こりゃ思いの外、溜まってますなあ……。まあ、やり甲斐がいがあるってもんだぜ」


 まるで何かと戦闘でも始めるかの如く、荒げた口調で腕捲うでまくりする。僕の耳の中に迷宮にそれ程のボスキャラでかい耳垢でも見つけたのであろうか?


 かくしてのボス退治、幕開けである。


 ───いやいや、ただの耳掻き何だけどさ。本当に。


 ゴッソ、ゴッソ、ゴリッ……。


 舞桜の足音が僕の外耳がいじへ響いて来る。こりゃあ確かに御大層ごたいそうな敵を相手に奮闘転がしてるしてる模様。まあ、つゆ知らず。


 ただ気持ち良く寝転ぶだけだ。それだけでいい。


「……お兄、これは流石に溜めすぎだよ。これじゃの声、聞き分けられなくなるよ」


 耳元で飛んでもないあおりのささやきを受ける。


 ガッバッ!


 大昔に流行った中国妖怪キョンシー如く不自然に身体を起こしてしまった僕である。


「ちょっとお兄っ! 急に起き上がんじゃないよ! 鼓膜こまく破ったらどうすんだっ!」


「お前こそ流石に2は、この優しさで出来てる頭痛薬みたいなお兄ちゃんでも許さへんぞ!」


 ───急に起き上がんな? 無理に決まってんだろ、そんなん……。


「ええかっ! この際ハッキリ言うとくわっ! 逢沢弘美あいざわひろみ爵藍颯希しゃくらんいぶきも、ワイに取っちゃ大事なやでぇ!」


 自分で啖呵たんか切っといて何やけど、この下手糞へたくそな関西野郎、一体誰やん?


 ───まあ、ンなもんこの際どうでもええわっ!


 僕の珍妙ちんみょうな台詞を聞いた舞桜まおが真顔になる。


「……ふぅん、2人共大事な友達ですか、あぁそうですかぁ……。それは御兄様がただ奥手なだけなのではありませぬか?」


 もの凄くシラケた視線ビームが僕の両目をガッツリ穿うがった。


 これは積乱雲の中に浮かぶ幻の帝国を探した果てに、落ちぶれてしまった何処ぞのメガネロリコン並に目がァァァ! ……ってなる。


 ───いやいやいやいやいやいやいやいや、舞桜ちゃん我が可愛き妹よ。確かに僕は2人と少々親密しんみつな仲になりつつある、それは認める。


「だがしかァァァァしィッ!! 弘美ひろみ颯希いぶきィィィッ! あの美少女達が高嶺たかねの花である事実に何ら変わりは、ぬわいのだァァァッ!!」


 直立不動、思わずどこぞの軍人が宣言をするかの様に、右手を斜め45度に真っ直ぐ伸ばす。


 ───うん………我ながらむなしさで死にたい気分だ。


「もぅ~ッ、煩いうっさい! とにかくも・ど・れっ!」


 バンバンバンッ!


 膝を三度叩いた舞桜まおが特大に呆れた顔で命を下す。


「………ふぁいはい


 何とも形容けいようがたい程、情けない兄である。取り合えず言われるがまま、妹の膝へと戻った。


 再開された迷宮攻略………。と、そんな感じではなく淡々たんたん作業耳掻きは進む。


「………お兄」

「ん?」


 不意に舞桜の方から声を掛けられる。先程よりは落ち着いた口調だ。


「お兄はさあ………。も、もうちょっと自分が………モテ……るって、自覚した方が良いと思うぞ」


 ───なぬっ!?


 少し恥ずかしみを帯びた声がスッキリした我が耳を貫通かんつうする。それこそ鼓膜が破れたかと錯覚さっかくした。


「そうねえ………。私もそう思うわよ……」


 ───は、母上っ!? いつぞやからそこへ!?


 頬杖ほおづえをついた母さんが不意打ちで割り込んで来た。


「自分の息子にこんな事言うのも可笑しな話だけれども、モテる………って言うか貴方は割と人に好かれる子だと思う」


 いつの間にか夕飯の買い出しを終えて家に帰ってきていたらしい。嫁と愛人のくだりら辺から、興奮してて気が付かなかった。


「そ、それってどういう………?」


 あのやり取り………一体何処から聞かれていたか定かでないが、何にせよ顔から火が出る思いだ。だけど最早開き直って続きを伺ってみる。


「それなりに気も回るし、何しろ優しい。その上、真っ直ぐに夢を追い駆けている青年というのは、なかなかポイント高いと思うわ」


「………そ、そうなの?」

「「………うんっ」」


 これには舞桜も母さんもうなずきを返してきた。


「で、でも僕は御承知の通り、彼女いない歴16年な訳で………」

「それよ」


 ついイジイジした声で現状をべたくなるのを切られてしまった。


「へっ!?」


「いい疾斗はやと? これは男女関係なく大事なことだと私は思うわ。自分が人に好かれる存在というのを自覚していない。これはとても勿体ないし、何なら罪作りになりかねなくってよ」


 母上殿のやんわりした物言いが圧倒的威圧いあつを帯びるのを感じた。そりゃあ自分の倍以上生きてる人間で尚且つ親だ。


 少々理不尽りふじんさすらともなう説得力があるのは至極しごく真っ当………だけど。


 ───僕が人に好かれるぅぅ!? それを自覚してないのは罪ぃ!? 罪罪罪………。


 ちょっと何言ってんのか判んない………深い闇に堕ち往く自分を感じずにはいられなかった。


 検索:罪とは?


 1.人間がしてはならない行い。法律・おきてそむく行い。道徳や宗教の教えに叛く行い。


 ───いや、全然ぜんっぜん判らん………。そんな悪いことをした覚えは全くない。


 2.正しくない行いをした結果として、問題にされるもの。


 ───人に好かれる自分に気が付かないだけで問題にされるのかっ!?


「ま、まあ疾斗には、まだちょっと難しいかも知れないわね。だけど意識位は、した方が良いってことで………はい、これでお終い」


 これで母さんは両手をゆるりと合わせて、話を勝手に終わらせてしまった。かなりに落ちないが夕飯の調理をそそくさと始められてしまったのでどうしようもない。


 これでも一応物書きのはしくれだという自信がある。けれども自分のことすら判っていないと、バッサリやられた。


 自分を信じると書いて。だけど自分が判らない奴がどうやって、自分を信じ得ようというのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る