第18話 風の精霊術師の切なる想い

「おっ、きたきた………」


 私のスマホに届いたカクヨムからの最新話通知。勿論お目当ての『疾風はやて@風のにない手』様のお話である。


 カクヨムの全く可愛げがない私のアカウント『@ADV1290R』。SNSのアカウントIDをそのまま流用しただけのような一見っ気ないもの。


 ADV1290R……正式名称『KTM 1290 SUPER ADVENTURE S』という125DU◇Eデュークと同じKTM社のツアラー※に分類されるバイクの形式から取った名前だ。


 ※長距離ツーリングの快適性を求めた形をしたバイクの俗称。基本的に大柄おおがらでかつ、排気量も大きい高価なものが多い。


 女の子だとは全く思って貰えない名前だろうなと自覚はしている。きっとこの疾風様も、はそう思っていたんだろうな………。


 いつの日か私はこのバイクでKTMとパパの祖国オーストリアを旅したいと夢見ている。……って今その話は置いといてっと。


 普段からベッドを中心に自堕落じだらくしているけど、この作品を読む時だけは、身体を起こして椅子に座る姿勢を正すと決めている。


 それに誰よりも必ず早く読みきって、応援とコメントを入れることも絶対に忘れない。


「ムッ? フィルニア風の国の姫にライバル現る………? ティラソーレ、長い髪を後ろでたばねた向日葵ひまわりのように活発な女の子………」 


 ───ムーッ…………なんか作風変わってない? それに『向日葵みたいな活発な女の子』って私の知っているを意識しちゃうんだけど。


「ふぅ………」


 4日ぶりの更新だった、待ち望んだものだったけどあっという間に読み終えてしまい、少し物足りなさを感じずにはいられない。


 最近、更新頻度ひんどが落ちた理由。そして唐突とうとつ新キャラティラソーレが現れたことにも思い当たるふしがある。


 いつものように応援コメントを書こうとした時、ふと可愛くない意識が浮かんでしまった。


 ───これを書いたら、彼の中の私の好感度だだ下がりだろうなあ…………。


 そう思ったけど頭をブルブル振りつつ自己否定。だって今の私は@ADV1290Rというただの読み専。読者が率直な感想コメントを書いて、一体何が悪いというのよ。


『@ADV1290R 突然伏線ふくせんのないライバルが出てきて正直驚きました。まだ出生の秘密が明かされていませんが、私こそ王家の血筋と言うからには、隠し子だったりするのでしょうか?』


「ああ、書いちゃったコメントしちゃった………。もうすぐにだろうし、消した処で今さらよね………」


 両手を頭の後ろで組んで、ドカッとベッドに倒れ込む。もし天井に鏡なんかあったりしたら、へそを曲げた私の顔が映り込むんだろうな………。


 疾風@風の担い手≒風祭疾斗かざまつりはやとの図式。


 今になって思い返せば、いかにも在り得そうな名前ではある。


 でもいくらなんでも転校先の学校、増してやクラスメイトに似たような名前の男子が居たからって、それがあの疾風様だなんて奇跡………。全く思いもよらなかった。


 でも『ちょっとですぐ調べたくなる……』とか『僕もを起こしたい……』とか………。


 その上、あのカミル執事みたいな物腰で。あまりに自意識過剰じいしきかじょうだって認めるけど、少なくとも私にはそう思えた。


 お次はお気に入りのペンギンを抱いてグルグルと転げ回る。


「判る! えぇ、判ってますとも! 疾斗には、とても大切で可愛い幼馴染逢沢弘美がいるってことくらいっ!」


 そして言い終わりと同時にそのペンギンを壁に向かって投げつけた。我ながら、なんてみっともない。


「でもっ! 私はただWeb作家のあこがれているだけじゃないんだからねっ!」


 ───だって貴方は私の命の恩人……なん……だ…か…ら………。気遣きづかいのじゃなくて騎士ナイトだって気付いてしまったのよ。どうしようもないじゃない……。


 泣きたくなった、情けないくらいに………。いっそ、そのことを彼に話してしまえばワンチャン大逆転劇………なんて思う自分が余計嫌になる。底無し沼にちた気分だよ………。


 ~~~


「………………」


 僕の最推し、『@ADV1290R』様からの初めて御指摘をうけたまわった。無論、言うまでもなく大変貴重なる御意見である。


 カクヨム運営の注意事項に『誹謗中傷ひぼうちゅうしょう、御相手を傷つけるようなコメントはお控えください』という注釈ちゅうしゃくがあった気がする。


 この意見は勿論それにはあたいしない。もっとも何とも言い難い文句クレームでさえ、この僕には受け止める覚悟がある。


 けれどこの御意見に応える言葉が思いつかない。放心状態………リビングのソファで独り落ち込む。


「どうしたお兄? 、どっちと喧嘩けんかしたぁ?」


 人の気も知らないでのぞき込んでくる妹の舞桜まお。いや………そりゃあ僕の気持ち何て知る由もなかろうて。


 ───だが言うに事欠いて『』とは失言が過ぎやしないか?


 舞桜まおの脳内変換を紐解けば、弘美が嫁で、颯希いぶきが愛人ってことだろう。


 ───嫁………。それは生涯しょうがい逃れることの出来ぬタガで在りつつも、一生を寄り添える高貴たる存在。


 ───愛人………。嫁という幸せが在りながら、異なる駄愛だあいおぼれし芳醇ほうじゅんたるワインの如き甘美かんび………。いやいや、何を妄想しておるのだ疾斗よ?


「そんなんじゃねえよ………引っ込め」

「ふぅん………あっそ」


 顔も上げず相手にすらしないていの僕。でもだからこそ、そのを切り出した舞桜まおの台詞が、心を丹念たんねんに突き刺しているのが恐らくバレている。


「お・に・いっ! こっちおいでっ!」


 同じソファの少し離れた位置に腰を落とした妹である。丁度僕一人分が、寝転がれる位置に両膝りょうひざを出している。


「久しぶりに、この舞桜まおちゃんが、耳搔きをしてあげようと言っとるのだ。えっへん」


 ───なあにが『えっへん』だ。それで傷心の兄をなぐさめようという腹づもりか?


「嗚呼? 一体どういう風の吹き回しだあ? 金ならやらんぞ」


「馬鹿お兄! 無償の愛ボランティアじゃよ、ホッホッホ………」


 ───無償の愛だあ? それに何だ? そのどこぞのバスケ漫画の先生気取りは……。ないくせに。


「………判った。じ、じゃあ、お願いすっかな」


 僕は舞桜の膝の上で俎板まないたこいと成り果てた。

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