第3部 『白馬………なの……か?』

第20話 穏やかなる日常

 自転車の練習を始めてから約半月……。間もなく秋の初めとは名ばかりの9月が終わりを告げようとしている。


 とは言え夏の残り火は未だ燃え尽きてはいない。普段の生活をしてる分には暑さが相も変わらず鬱陶うっとうしい事には変わりがない。


 ただ自転車で下る坂道で切る空気だけはみょう清涼感せいりょうかんがあることを知った。


 ───これがもっとはや鉄馬バイクであるとしたら……。季節の変わり目をもっと顕著けんちょに感じるのかも知れない。


 ちなみに運動神経:1の貧弱ひんじゃくが服着て歩いてる様な僕ですら、自転車の操舵そうだれが出てきた…………と、思いたい。


 これはあくまで教習所という中ボス難関退治突破するための経験値稼ぎに過ぎないのだから、いくら自転車の熟練度を上げた処で、本番卒検に勝てなきゃ意味を成さない。


 取り合えず気持ちに余裕は生まれたゆえ、往復10kmオーバーのぷちツーリングにも少し強い奴を求め行ってみた修行の旅へ出掛けた


 ───いやいや……10km位、小学生だってやるよって? 大体学校の行事ですら、自分の脚で走らされる筈だ?


 そこん処は生暖なまあたたかい目で見て頂きたいものだ。


 そんな持久走なんて前時代的なもの……。『うっ! 腹痛がァッ!』と必死の形相ぎょうそうで訴えて、真っ先に保健室シェルターへ逃げ込んでいた。


 それに僕が住んでいる周辺は俗に言う新興しんこう住宅地。『○○ニュータウン』という何とも痛々しい名前が付いた表通りだけは栄えた様に思える場所。○○明誠高校も同じ場所に存在する。


 けれど所詮しょせんハリボテの街だと自転車で走り思い知った。颯希いぶきとバイク二人乗りで往来おうらいした喫茶店までの道程で見た田園風景。


 加えて坂がある所には、割合生い茂った小山が幾つも存在していることを理解した。普段、徒歩、電車、親の運転する自動車でしか移動していていなかった自分。


 ───こうもこの街を知らなかったとは………。井の中のかわずを知らずだと思い知った。


 たまには思い切ってそんな小さな山の入口らしき砂利道じゃりみちへ、無謀にもただの自転車ママチャリで押し入ったりもした。


 大抵は行き止まりでえっちらおっちら引き返す羽目になるのだが、たまにはこうして自然とじかに触れ合うのも悪くない。執筆しっぴつの表現も広がるかも知れない。


 ───林の中………。ついこの間の出来事であるテニス県予選のおり、落ちる弘美ひろみはげましたことや、少年時代に一緒に遊んだ思い出が頭をよぎることもあった。


 弘美と颯希いぶき………。僕には勿体なさ過ぎる友達二人。此処最近、これといった付き合い進展はない。


 いやいや、勿論登校さえすれば必ず会うし、休み時間の会話だって普通にする。颯希が『作り過ぎた………』と言って広げた弁当を弘美、颯希、祐樹ゆうきと僕の4人で一緒に食べたことも。


 皆、に笑顔で和気藹々わきあいあい………。本当に親しいただの友人4人組。中の良いクラスメイトであり、好きがどうこうという感じじゃない。


 それに最早、学校中の有名人アイドルとなりつつある逢沢弘美あいざわひろみ。全国大会でのさらなる飛躍ひやくかかげ、目下厳しいトレーニング中。放課後も休日さえも会っている余裕などない。


 ───ではもう一人、の美少女。爵藍颯希しゃくらんいぶきとのその後はどうか?


 此方は僕が一人、自転車の練習に明け暮れている以外、別にいたいとほっすれば如何様いかようにもなりそうだが、どうにも声を掛けらずにいた。


 一方………。向こう颯希からの幅寄せアプローチ、NETLのたぐいのコンタクトもなく、すっかり落ち着いている。


 ───いや、そりゃあそうだろう………。むしろあの最初の出会いファーストコンタクトの刺激が強過ぎたのだ。


 だって向こうは転入してきたばかり。僕の方とて………。


 ───爵藍颯希しゃくらんいぶきの僕が知り得る情報とは?


 長い綺麗な黒髪、一見大和撫子やまとなでしこかと思いきや、両目に輝く蒼い瞳ブルーアイズDU◇Eデューク125というバイクが好きで、行きつけの喫茶店ライダーズカフェがある。


 国語が不得意だが愛嬌あいきょうは在り、誰からも好かれやすい。加えて料理上手………………と、こんな処か。


 ───何だァテメェッ? 結構知ってんじゃァァねえかッ?


 やかましいぞ第6皇子フィアマンダ。何事もお前みたいなゴリ押しで物事運ぶもんじゃねえよ。


「さて………と。陽が落ちる前にそろそろ帰るか」


 いつぞやの弘美に『可愛い』と思わずこぼした坂道の上。そろそろ帰って執筆の続きもやらねば………。


 そう思った矢先の出来事………。大抵の驚きというものは、こういう切り返しで訪れるものらしい(これまでに出会ってきた様々な作品より)


「………NETL? 颯希からだ」


 ───颯希からのコンタクトすらない。などと思ったそばからこれだ。


『@颯希 どう? は進んでる?』


「………ああ、思いの外、順調そのもの。何だったら両手離しのキープやら、白線の上を歩くような速度でようにもなったぞ。………送信」


 僕は少々ほこらしげな決め顔でそう送った。直ぐに既読が付く。


『@颯希 おっおっおっ。それは凄いじゃない。感心感心………ところで今度の来週の土曜、空いてる?』


 ───空いてる? Meが? 休日HOLYDAYに? ………そ、そんなの執筆活動で………。


「…………空いてるけどどうした?」


 恐らく僕の顔は怪訝けげんな感じであっただろう。執筆活動>爵藍颯希………んな訳あるかぁぁ!!


 ───執筆活動<<<<<お誘いの颯希 こん位あるわぁぁ!! 比較対象になるかぁ!!


 ただ完全無欠に空いていると言えば、実の処そうでもない。その日は僕が17歳を迎える日………言わば風祭疾斗かざまつりはやとである。


 まあとはいえもう高校生だ。家族で一日中はしゃぐ様なことは流石に在り得ない。寄って昼間位はどうにでもなる。


 ───突然の颯希姫からの。それが偶然にも我が誕生日。僕の怪訝な顔の正体とはそういうことだ。


「………ただ、丁度これから帰宅するからNETLのやり取りはちょっと遅れる。何なら家に着いたら此方から送るよ」


 ピッ………送信っと。さてさて、一体何事であろう?

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