第37話 此処にも生じた秘めたる想い

「ハァ…………ったく、あきれたあきれた」


 中学二年生の実妹舞桜から諦めの溜息ためいきを引きり出してしまった高校二年生の兄貴疾斗である。


 ま、正直思うとホッと胸をで下ろしている。Aキスされた事で、それ以外の出来事には頓着とんちゃくされずに済みそうだからだ。


「いやさお兄よ、我がBrotherよ。颯希いぶきさんの家に泊まるって聞いた日にゃ僕も最早何も言うまい。正妻弘美内縁颯希、もうどっちに転がっても………そう思ったさ」


「は、はぁ……」


 ───待て待て。どっちも間違えてるぞ我が妹よ。


「しっかしだねぇ……。まさか女の子にみさおうばわれるとは育てして不甲斐ふがいなし! 穴があったら入りたい! よ〇やよ〇やだ!」


 ───いや舞桜まおちゃんよ。流石に貞操ていそうは取られて………いや失いかけてた(?) だけどそだてって何さ? アンタ一体僕の何なのさ?


 僕、風祭疾斗かざまつりはやとは思わずのぞき込む。無論、などいない。


 あとその台詞、各方面(?)でズタボロにされそうだから取り合えず止めとくれ。あと仮にも清純せいじゅんたる女子が『穴があったら……』いや………これは止めよう僕が悪い。


「良いッ? おとこたるものいざとなれば手を引いてあげるんだ! それをえて大和撫子やまとなでしこが待ち受けるって、そういうもんだぞ!」


 ───合戦かっせんッ!? 漢どころか武士道へ話飛んだぞ? ………いやこの流れだと、まるであの爵藍颯希しゃくらんいぶき痴女ちじょ扱いされてはいまいか!?


 僕は昨夜から今朝にかけての黒髪美少女による一連の流れを回想してみた。


 ───アレッ!? ひょっとして……颯希って!? 


 いやいや待て待て………そうじゃァァないだろっ。非の打ち所がない幼馴染逢沢弘美に負けない様、仕出かした頑張った。その結果に過ぎないだろうが。


『やいやい手前テメェッ! いつからそんなに生まれ変わりやがったァッ、ア"ア"ンッ!?』


『───ですよねぇ………こればかりは第6皇子フィアマンダ至極しごく同感でございます』


 疾風の中に居るフィアマンダとカミルが勝手に雑談を始める。お前達………肝心かんじんな処で仕事しなかったくせに今さら………。


「───お兄、聞・い・て・るぅぅ!?」


「は、ハイッ!! ………と、とにかく昨夜あったのはそれだけですッ! 天地天命てんちてんめいに誓ってッ!」


 増々舞桜まおが顔を寄せて凄味すごみを利かせる。此方もラブコメにありがちなラッキーAが成立してもまるで可笑おかしくない程だ。


 だがを求める程、どうかしていないぞとち狂ってはいないぞ僕は。───意識はしちゃってるけどね!


 昨夜、颯希の家に御泊りとAキスだけでも驚愕きょうがく過ぎるのだが、今はそれだけで押し通すより他ない。僕は手で十字架じゅうじかを切り祈りをささげた。


「フーンッ………まあ、うん、何か………もぅ疲れた。部屋に戻るわ。───あっ、呟くっツイートての流石に冗談だから。自分の兄貴がNTRとかそ、そんな恥………さらすのこっちが恥ずいし………」


 バタンッ! 強めにリビングの扉が閉まる音が響いて取り調べはようやく終わった。


 ~~~


 リビングルームのドアを閉じた直ぐ目と鼻の先。僕ことしばらく固まっちゃった。


 ───あ、あのお兄が………あんな綺麗なと………し、しちゃったんだ………。ぼ、ですら、………のに。


 高二の夏休み明けまでお兄にとっての女子と言えば、か弘美さんしか居なかったのに………。


 あれから休み明けからまだ3ヶ月だよっ!? 余りに展開が早過ぎだよぉぉ………。


 トクンッ、トクンッ、トクンッ………。


 自分の小さなくちびるに触れ、今の彼氏との妄想もうそうふくらませてしまった。そこに何故だかお兄の面影おもかげすら混じり合う。


 高鳴るのを抑えきれない自分の鼓動。だけど逆に止まっちゃうんじゃないかって位、締め付けられてる気もしてならないよ。


 ───な、何コレェェ………。何で此処アンタお兄が出てくんのよぉぉ………。


 頭を何度もブルブル振ってみる。夏休みに今彼とプールに行く約束をした。その時、切りそろえた肩口に届く茶色いブリーチした髪が、ノースリーブをくすぐるのを感じた。


 ───や、やっぱり@ADV1290Rって、だったんだね………。


 やっぱりお兄は迂闊うかつなのだ。スマホの壁紙がいつものお姫様フィルニアでなく、何か異様に大きなオレンジ色のバイクという、お兄らしからぬ物に変わっていたのだ。


 あの陰キャを絵に描いたお兄がバイクなんて在り得ない充実へ次第に心とらわれていったこと。一番間近で見ている僕が、その理由に気がつかない訳が無い。


 聞くまでもない、お兄も近いうち、バイク乗りになるのだろう。何故かバイクと共に、遠くへ行ってしまう………そんな切なさを覚えた。


 ~~~


「嗚呼………イカンイカン。落ち着くなら自分の部屋に閉じこもるべきだったな」


 疾斗は昼間っからベッドで怠惰たいだむさぼる。壁紙にしたKTMの大型ツアラー、ADV1290Rと颯希の写真を交互にながめて何も出来ずにいた。


 一応学業で忙しい僕に取って、休日は大変貴重な執筆しっぴつ活動の時間だ。

 机の上のPCの中に居る風の国の皇女殿下フィルニアが僕を手招てまねきしているのに、まるでキーボードを叩ける気がしない。


 ───僕は所詮しょせん、本当の恋愛を知らなかった。


 いや未だに入り口に立ったばかり………だと思う。だからなのだろうか?

 自身の敬愛けいあいする女性を描き切っていると自信があったフィルニア姫への想いがうすらぐ。


 あの二人乗りタンデムの際、バイクを駆る颯希の笑顔を、空を舞うフィルニアに重ねたのではなかったのだと鈍感どんかんな僕は今さら気づいた。


 むしろろフィルニアの様な憧れを、僕は現実の最中で追い求めていた。それが使であったことを………。


 そんな怠惰な僕を見透かしたかの様なLINEの通知音、起きているのに目が覚めた。瞬時に身体を起こして見ている画面をLINEに移す。


『@颯希 昨夜は色々とごめんなさい。ストマジのことなんだけど支払い方法だけど伯父おじさんは快諾かいだくしてくれました。後は取りにうかがう日取りを教えて欲しいそうです』


「いや展開早いな………。ま、まあ僕が言い出したことだし」


 ───ンッ? 


 そ、そうか自分に飽きれる程、当たり前過ぎることに驚いている。相手は本職バイク屋ではないのだ。要は納車のやり方位、自分で考えないといけない。


『@颯希 パパに車出せないか聞いてみたのだけど、暫く仕事が忙しいみたい。こうなったら行きは私のDU◇Eデュークでタンデムして、帰りは2台つるんでツーリングしかないかも………』


「何ィッ!? ええと………」


 僕は慌ててGoogle先生に例の伯父様の住所を入力して、大雑把おおざっぱな道順を検索してみた。


「は、85km………」


 おいおい大丈夫か疾斗よ? いきなりの公道デビューが80km超え。増してや混雑しているであろう都内をけようがなさそうだ。


 そんな途方とほうれる僕を見透かしたかの様に、親指を立てて『大丈夫!』と笑顔を見せる人気アニメのスタンプをすかさず送信してくれた。


『@颯希 大丈夫だよ。疾斗練習も教習所も頑張ったし、ちゃんと私がゆっくり走って道案内するからね♥』


 ───♥っ! そして初ツーリングバイクデートすら颯希とかあ………。


 本当に爵藍颯希は、僕の様々なことごとさらってゆくのだ。無論、否定する気もなければ、他に頼れるアテなどないのだ。

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