第5部 遂に"白馬の王子様"となるか?

第36話 恐るべし"追い桜"

「あ、うぅ………あ、朝か」


 閉ざしたカーテンからの木漏こもれ日と、小鳥達のさえずりで僕、風祭疾斗かざまつりはやとは目覚めた。いつもと違う枕やベッドの感触………。───てっ!?


「ま、真騎さんのメイドさんの格好で寝ちゃったのか僕はっ!?」


 こ、これは余りにも羞恥しゅうちが過ぎる。誰にも見られていないとはいえ………。枕元から実に良い香りがただよってきたのは、化粧を落としていない自分からだと知り、余計に頭が錯乱さくらんする。


 加えて口紅ルージュの残る己のくちびるに触れてみる。あの感触………きっと生涯しょうがい忘れないだろう。


 だがしかしである。

 あの唇は風祭疾斗へ向けられたものなのか? あるいは大好きな姉にささげたものではないのであろうか?


 ───判らない………。判る訳が無い。僕は爵藍颯希しゃくらんいぶきではないのだから………。


 ガチャッ。


「い、颯希っ!?」

「は、疾斗ぉっ!? そ、その格好のまま寝ちゃったのおっ!? さ、流石に引く……」


 あの例のだけでなく、その娘すらもノック無しで姉の部屋を開けるのか!? 


 爵藍しゃくらん家のセキュリティぶりに嫌気いやけが差す。「の、ノック位しろよ!」と早速文句を告げたが「ノックならしたわよ」とけんもほろろに返された。


「し、仕方ないじゃっ! 昨夜は色んなことが多過ぎて疲れちゃったのっ!」


 ───あっ………。つい真騎姉まきねえを自然憑依ひょういさせてしまった。


 部屋の温度も自身の心さえも異様に暑くて仕方ないのだが、手近な毛布で我が身を隠した。結局羞恥プレイされてしまった。


「………ご、ごめんなさい。そ、そう……よね、疲れたよね………」


 ───あら急にしおらしい。このギャップ、実にずるい。


 部屋の扉を開いたまま、いじらしく戸惑とまどう妹である。


「───って、良いから早くそのドアを閉めてくれぇ!」


 バタンッ。


 ───ふぅ………。見られた颯希は仕方ない。これ以上、爵藍家に知られては。いよいよお嫁に往けなくなる(?)


「そ、そっち行って………良い?」


「嗚呼………良いぞ」


 寝巻ネグリジェ姿でさも申し訳なさげな颯希が地べたに座り、ベッドを背もたれに寄り掛かってきた。長い黒髪がシーツの上をハラリッと舞う。


 薄い青のネグリジェ姿、颯希の蒼き瞳と重なるし、清楚せいそな感じが実によろしい。


 それにしてもだ。


 昨晩から白いスーツ姿にメイド衣装………。全く部屋着を見せない颯希が、ようやく見せたすきだらけのこの御ネグリジェ姿。


 僕とて家にはお年頃中学2年舞桜が居る。だから女子の部屋着位、免疫めんえきがある………と油断していた。


 ───ゆ、ィッ! 何かもうそれは色々とッ! やはり爵藍家のセキュリティに難を感じずにはいられない。


 い、颯希……さん? 僕より下に居ないでくれ………それはそれは目のやり場に困ってどうしようもないじゃァァないかッ! そ、それ、つ、ですよねぇ?


 ───嗚呼………いっそのこと身も心も真騎姉女性に生まれ変わりたい………。いやいやそもそも僕が込まなきゃ良い話だ。何か別の話題を………そうだ!


「い、颯希………」

「ンっ、なあに?」


「ば、バイクストマジのこと………何だけどさ。僕やっぱお前の彼氏って口実で、タダでゆずって貰うのはちょっと………ただ即金で払えないだろうから、頭金だけで後は分割ってのはどうだろう?」


「あ、あ、そ、そう……よね。おじさんに話してみるよ」


 颯希が話を聞いた一瞬だけ項垂うなだれる。僕とてこれだけはどうしても譲れない。


 だけどもあっという間に颯希は立ち直り、笑顔を寄せると僕の両手を自分の両手で握り、一つになるように引き付けた。


 まるで僕はイエス・キリストにけがれのない愛を祈るシスターの様相ようそうにされた。


「で、でも私。疾斗もバイク乗り仲間になってくれて心から嬉しいっ!」


 ───や、止めてくれ。て、照れる………。あ、あと胸元近過ぎ……。


 あおい目をキラッキラさせながら歓喜かんきしてしてくれた颯希。そんな屈託くったくのない笑顔が刺さって胸が苦しい。


 此方は色欲しきよくまみれてドロッドロだというのにだ。


「ぼ、僕もやっぱり風の使い手には憧れるから………さ。あのマスターのお店喫茶店にも行きたいしな」


 兎に角とにかくどうにかバイク愛で誤魔化ごまかし切ろうと試みる。

 しかし真に穢れを知らなそうな聖母マリアの顔を増々寄せられ、暗黒面へちないように懸命に足掻あがいたのである。


 ~~~


「ふぅー………」


 かくして逢沢弘美あいざわひろみへのはげましから始まったというすさまじき金曜日の夜は、どうにかその幕を閉じた。


 ただいま風祭家リビングにて自分でれた珈琲ブラックすすり、昨夜のに想いをせている。


 大袈裟おおげさ? とんでもない、良く考えてみて御覧ごらんなさい(?)


 この風祭疾斗17歳は未だDT童貞はおろか、彼女いない歴=年齢を継続中なのだ。それにもかかわらずまるで二股ふたまた───いや、していないぞ。


 だがこんな色恋沙汰いろこいざたがまるでなさげな悪友───刈田祐樹かりだゆうき辺りの視点であれば『ふっざけんなよテメェッ!』と首をめられることだろう。


「───お・に・い」


 ビクッ!?


 ───居たあァァッ!! 祐樹より先に、あまつさえ心ゆるせない存在が足音すら立てず、耳元でくいを刺しにやって来た。


 何せ同じ屋根の下に居るのだ。しかも昨夜の出来事をこの拡声器スピーカーに知られたら、僕の学園生活に終演すら訪れかねない。何故なら我が明誠学校は中高一貫いっかんなのである。


 よくよく考えてみると昨夜の祐樹辺り女日照りに話した処で『そんな馬鹿な……』と一蹴いっしゅうされるに決まっている。


 しかし舞桜発信だと危険が危ない(?) 『風祭疾斗は最低サイテー………』のレッテルを貼られかねない。


「な、何かな舞桜まお………


 あからさまに不自然な動きで応答してしまう。普段付けなんか絶対しないし、振り返る僕の首が出来損ないのロボットの如く固かった。


「何がじゃァァないよッ! 高2の男子が超絶美形の同級生クラスメイトの家に、向こうから誘われ泊まった! これでとかっ!」


 左手を自分の腰に当て、右手人差し指を僕の鼻先に突き付ける我が妹。これがである。颯希位、可愛げが在ればどんなに幸せな事か………。


 突っ込み処と踏んだか、ここぞとばかりに関西弁すら使いこなしてきた。これにどう対処するのが正解なのだ? おおジーザス神様………。


「な、な、無いです何も。考えてみてく送んなさいまし(?) こ、こんな奥手で従順じゅうじゅんなお兄ちゃんが何か成せるとでもお考えかい?」


 もうどうにもこうにも僕の口がつむぎ出す言葉がとち狂っている。

 あのカミル従者フィアマンダ第6皇子すら、超絶肝心ちょうぜつかんじんな時になりひそめてしまっているのだ。


「それでもお・と・こかッ、この甲斐性かいしょうなしめッ! 嘘つくんじゃァァないッ!」


 舞桜ちゃんがまるで尋問じんもんする刑事の様に声を荒げる。いっその事、かつ丼頼むか?


 いやそれよりも中2でリア充を謳歌中とは彼氏持ちとはいえ、漢のナニを知り尽くしているのやら。お兄ちゃんかなり心配なのだがそれは………。


 ヴァンッ!!


 リビングのテーブルを平手で強烈にはじかれた。最早命の危険すら感じ『背筋、凍らずにはいられないッッ!』


「───なぁお兄ィ? 私だって鬼じゃァァないんだぜ? クククッ………」

「ほ、本当っスかッ!?」


 ニヤニヤした顔で下からのぞき込んできた敏腕風びんわんふう女刑事舞桜。強烈な圧のお次は譲歩案じょうほあんを切り出すあたり、本当にプロの手口だ。


 これはつい、容疑者の口が滑り出す助勢じょせいる。


「嗚呼、本当だとも。今すぐ真実を打ち明ければ………。そうやなあ………でコッソリつぶやくだけで手を打ってやるぜぇ~」


 ───いや呟くんかぁぁぁいッ!! そもそも裏垢うらあかって闇が深いぞっ!


「あ、あ、あ、あの………その………なんだ」

 ───いや本当に何だ? 僕はこれから何が言いたい?


「早う言わんかいッ、このボケがァァッ!!」


 ヴァンッ! ヴァンッ!


 再び2回もテーブルを弾かれ、流石に僕も腹をくくった。


「え、A………」

「ア”ア”ンッ!?」


 もう何のAやら全然伝わらないであろう。現に女刑事が辛抱しんぼうならねえとばかりにキレ散らかす。


「Aまで………その、

「ハァッ!? されたあってことはテメェ………まさかあの美少女に撃墜落とされたとでもぉ?」


 覗き込んで来るまゆの吊り上がった舞桜の顔が、息がかからんばかりに近距離と化す。今朝、聖母颯希に言い寄られたが、同じ女でこうも変わるものなのか!?


「ほ、本当なんです刑事さん!(?) わ、私されちゃったんです。信じて下さぁぁいッ!」

「ケッ! この意気地なしヘタレがッ!」


 椅子から下りて地べたいつくばって、舞桜の足元から自分の潔白けっぱくを必死づらうったえた僕。


 そんな僕を、さもみすぼらしい生き物でも見る冷ややか視線でグサリッと突き刺す。つばを吐かれた訳ではないが、そんな錯覚さっかくさえ感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る