第11話 今の幸せと想い出を天秤に

 土曜日……残暑の陽射しこそ未だ厳しくあるものの、風が運んで来る芝生しばふの匂いが心地好い。


 …………ってただのピクニック的な遊びであれば、芝に寝転んで怠惰たいだ満喫まんきつすれば良いだけの話。


 僕、風祭疾斗かざまつりはやとの右隣には妹の舞桜まお。加えて左隣で両膝を左側に曲げつつましく座っているのは爵藍颯希しゃくらんいぶきだ。


 そして正に言葉通りの、両手にはなの僕をさもうらやましいげにしげしげとにらみを効かせてるのが苅田祐樹かりだゆうきである。


 せっかくの休日、近頃進捗状況かんばしくないWeb執筆を進めるべき大事なこの日に、僕等4人は県立総合運動場のテニスコートをグルリと囲む芝生の観覧席に居る。


 ───どうしてこうなった!?


「お、ほらほらっ、弘美ひろみお姉ちゃんの番だよ!」

逢沢弘美あいざわひろみーっ! ファイトォォ!」


 祐樹が余りに大きい声を出すものだから、コートに居る主審から4人まとめてキッと、睨まれてしまった。


「………す、すいません。黙らせますんで」


 何故か保護者のように僕が代表で頭を下げる。


 まあ、そんな事は最早どうでもいい。


 この僕が初めて逢沢のテニスを応援しにわざわざ出向いている。しかもあろうことか、あの爵藍ランと共に。


 逢沢の心中は、恐らく激しく波打つ海のように穏やかではないだろう。


 主審から試合開始の合図、選手同士が互いに形ばかりの握手を終える。


 このセットのサービスは、逢沢から始まるらしい。高く黄色のボールが上がり、スパーンッと小気味良い音が木霊こだまする。


 パーンッ!


 いきなりの圧倒的なるサービスエース。深々とエグいコースに突き刺さる。相手の選手が少し気の毒に思える程、1歩足りとも動けなかった。


 凄い……元よりテニスを語る口を持ち得ない僕であるが、いよいよ複雑な形容詞が意味を持たなくなってゆく。


「す、凄いね、逢沢さん……」


 まるで僕の代弁者であるかの如く、爵藍ランが驚き混じりの台詞を吐いた。もっとも真っ直ぐな視線を送り続けている処は、後ろ向きな僕とはだいぶ異なる。


 第1試合、あっという間に終了。セット数はおろか、それぞれのポイントですら、相手選手のゼロラブが並ぶ堂々たる試合運びであった。


「…………えっ、逢沢さん、試合に勝ったのに何だろう。全然うれしくなさそう……」


 爵藍ランが思わず眉をひそめる程にそれは顕著けんちょだ。


 何だか此方の空気まで沈んでしまいそうになる処で「し、シードの第1試合なんか勝って当然なんだろ」と、祐樹がいい加減な口振りで払い除けた。


 確かにあのうつな雲がかかった表情は、いくら何でも異常だと思う。負けた選手の顔すらマシに思えた。


 ~~~


 あれよあれよと時間は立ち止まること知らず突き進み、あっという間にお昼を向かえた。


 その間にも逢沢の昇り階段トーナメントは順調に運び、合計3度の試合をいずれも1セットすら与えずに終えていた。


 爵藍ランがお昼に逢沢を誘おうとキョロキョロしていたが、何処にもそれらしき影は見当たらず、やがて諦め顔で席に戻る。


 これに関しては逢沢の心境が判りやすい。爵藍ライバルを交えての食事なんて、どんな顔をしたら良いのやらといった処だろう。


 もっと言うなら父親の監視の目が光っているに相違そういない。きっと僕のことすら対象レーダーとらえてるに違いないのだ。


 暗い感情がどうしても渦巻く最中、爵藍ランが「よいしょ」と言いつつ、大変大きな包み重箱をフリーザーバックの中から取り出した。


「ちょっと待って、え、スゴ……。これひょっとして……」


 テキパキと小気味良く開かれてゆく重箱の中を舞桜まおが驚いた顔で指差す。


「アハハッ、勝手に5かと思い込んで作り過ぎちゃった」


 乾いた笑いと舌を出して誤魔化ごまか爵藍ランである。手料理の量が正月のソレまるで御節のようだ。


 そして見るからに、もう味が確信に至れる位の出来映え。舞桜まおが「こりゃしょ!」と興奮しながらSNSに上げるべく撮影を始める。


 早速無粋ぶすいなるはしを出そうとした祐樹の手を叩く傍若無人ぼうじゃくぶじんぶりであった。


「ひ、ひでぇよ、舞桜まおちゃん………」


「それは苅田君もちょっと大人気おとなげないかな。ほら、ちゃんと皆の分の取り皿もあるんだから………」


 高2男子の手を容赦なく叩き落とす舞桜まおもどうかと思うが、それでべそかく方は、相当格好悪いと言わざるを得ない。


 それはそれとして、最早お母さんポジ? って位に爵藍ラン手際てぎわと準備が良過ぎる。


 祐樹の方は適当にいなしつつ、早速取り皿へ綺麗に分けてゆく。箸の使いも手慣れたものだ。余程こういう事態に慣れているのだろう。


「さ、どうぞ。お口に合うと良いんだけど………」


「「いっただきまーすっ!」」


「い、頂きます………」


 待ちきれずにウズウズしていた祐樹ともう映えより食い気に負けた舞桜まおが同時に口火を切る。


 僕はおとなしくてのひらを合わせた。目前に広がる幸せは勿論嬉しいのだが、逢沢の暗い表情がどうにもちらついて気が乗らない。


「うっまっ! うちの母ちゃんよりうめぇ!」


本当ホントに美味しいぃぃ~。爵藍らんさんってこんな美人なのに、料理もやり手なんですねぇ………」


 いやいや、苅田祐樹よ。それは幾ら何でも自らの母に謝れ。それから何だ舞桜まお、僕の脇腹を突くその肘は。『こんなをよくもまあ……』的な感じか?


 ───お主、この間言ってた忠告幼馴染を大事に何処に飛ばした?


 でも確かに美味い、しかもこれだけ大量に作るなんて。彼女の今朝は相当早かったことが容易よういに想像出来た。


「いやあ………それにしたって揚げ物多過ぎたね。これじゃどのみち大事な試合をひかえた逢沢さんは食べなくて正解だったかも………」


 皆に手離しで褒めちぎられても爵藍ランは浮かない顔をしていた。それは僕とて同じだった。


「………ご、ゴメンッ、食事中に………僕、ちょっとトイレ行ってくるよ」


「風祭君? 大丈夫?」


「だ、大丈夫。すぐに戻ってくるから、本当にごめんねっ」


 唐揚げを2つだけ頂いた処で僕は腹を押さえて席を立つ。心配そうに見つめてくる爵藍ランに謝罪の意味での手を合わせて走り出した。


 お腹が痛いは下手な嘘。気になるを探してみる。広く人も多い運動公園だ。普段運動してない情けない身体がすぐに音を上げそうになる。


 ただ一応のさっしは付いていた。幼馴染おさななじみあわい思い出と共に………。

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