第4話 楽し気に笑う風の精霊術師

 僕、風祭かざまつり 疾斗はやと………只今ただいま奇妙な御縁でって今日転入したばかりのオーストリアと日本人から成るハーフの女子が操舵そうだするバイクの後ろにまたがっている。


 そ、それにしても速いっ! そして正直怖いっ! 駄目だ……最早声も出ないし、今の気持ちを表現出来る語彙力ごいりょくすらいっしている。


 そりゃあ普通の自転車なんかじゃ比べ物にならないだろうって予想はしてたけど、此奴はその辺りの世界軸とは異なるんじゃないか!?


 ───原付2種? 知らん、そもそも本当にコレは原動機付なのかっ!?


 それにしても女子の腰回りを後ろから抱き締めるなんて、小説か漫画・アニメでの経験だと決めつけていた。でも遠慮してる余裕なんて微塵みじんも存在しない。


 あとこの状況下で……その、所謂いわゆる……何だ。下心なんて秘める余裕すら………あれっ?


 ───考え……ちゃってるな、コレ、うんっ………。いやいや、僕だって健全な第二次性徴期せいちょうき待ったなしの性別:男だぞ。


 抱き締めてる目前の……その、何だ……柔らかくそれでいて…こう……。


「ウワァァッ!? お、落ちるぅッ!! 倒れるぅッ!!」

「アハハハハッ!!」


 急な左カーブ、少しじれて登ってゆく感じの場所を曲がる刹那せつなDU◇Eデュークが左側にクィと倒れ、自然に黒いアスファルトと僕の顔が近寄ってゆく。


 ───爵藍ランさん、今笑った!? さてはこの状況をたしなんでいる!?


 何とか前のハンドルに付属したミラーをのぞいてみると、爵藍ランは、ヘルメットのバイザーとやらを上げ切って、大層御満悦ごまんえつの様子である。


 要は余裕綽々しゃくしゃく、加えて僕の悲鳴をむしろ、高揚こうようの材料にしておられるようだ。


「聴こえるっ!? 怖がって縮み上がるのも判るけど固くなっちゃ駄目よっ!! コーナーの向きに貴方も重心を載せないと、逆に怖い思いをするよッ!!」


 排気音と……これが路面との摩擦音ロードノイズ? それから情け容赦ようしゃない風切り音。兎も角ともかくうるさいのだが、その中でも爵藍ラン様の溌溂はつらつとした声は良く通る。


 ───コーナーの向きに何だってぇぇ!? ………駄目だ。もぅ、僕の脳は、完膚かんぷなきまでに焼き切れてやがる………。


 こうなりゃもう、やけっぱち。どうせ途中下車の出来ない旅路だ。よおし判った。腹をくくろう、言う通りに動いてやるっ!


 僕は御無礼にも爵藍ラン様の下腹部をさらにきつく抱き締めると歯を喰い縛る。後は倒れるがまま忠実なる下僕ウエイトと化す。


「………っ!?」


 今の締め付けで爵藍ラン様が心なしか伸びた気がするけど、最早構ってなど要られない。


 するとどうだ、実にスルリとDU◇Eが流麗りゅうれいにコーナーを駆け抜けてゆくではないか。まるで社交界で高貴なるダンスステップを踏むかの様に。


 ───あ、あれっ? ようやく少しは目が慣れてきた?


 学校を飛び出して15分位は経過しただろうか。右側は対向車とその向こうに映るのは凡庸ぼんようなる田畑のみ。


 左側には土手がそそり立っているのだが、たまに切れ目からとても雄大なる河川が流れているのが見受けられる。この土手は堤防らしい。


「あっ! 少しは慣れてきたみたいねっ! のんびりペースだから、あと20分って処かなっ?」


 ───ぃぃ!? こ、これでSwloyだと言うのかっ!?


 少し頑張ってハンドルの中央に陣取るデジタルのメーターをのぞいてみる。51、49、55付近を指しているのが時速らしい……え、これって遅いの?


 コーナーが近づくと、6、5、4、3と小気味良く下がってゆくのがドライブシュミレータゲームでも見るギヤだろうか。


 同時に右手、左手を器用に動かしつつ、ハンドルと同時で柔らかに腰を揺すってコーナーをクルリと曲がる。


 ひょっとして僕は、すごいものを見ているのではなかろうか。これはモニター内の非現実バーチャルじゃない。


 一つでも操作を誤れば上手く曲がれないという現実リアルを体験出来ている。彼女が余りに当たり前でこなしてるから凄味すごみが伝わりにくいのだ。


 爵藍ランの長い黒髪を、悪戯いたずら好きな風が僕の鼻先へ運んで来た。此処で見えた光景に思わずハッと息を飲む。


 ───あっ……この笑顔。やっぱり彼女は、風のWind精霊術師Geistarとして、精霊達とじゃれ合っている。


 Wind・Geistar………ドイツ語で風の精霊を示す言葉、加えて僕が書いてるWeb小説のヒロイン『フィルニア・ウィニゲスタ』の二つ名でもある。


 あおい、何処までも蒼い空を風の精霊術師である彼女があおくて大きくりんとした瞳を輝かせながら演舞するように飛び回る姿。


 いつでも僕の心には、フィルニアのまぶしい笑顔がある。


 現世をDU◇Eデュークという精霊を操り、楽し気に駆け抜ける爵藍ランの姿が折り重なっていると勝手に確信してしまった。


 ───僕の心臓エンジンの鼓動が再び激しく高鳴り始める。DU◇Eが怖い? 違う、そういうことじゃない。僕はあこがれの颯希フィルニアにしがみ付いているのだ。


 交差点、進行方向の信号は赤。チカッと左折を示すウインカーを点灯させながら停車する。久しぶりの停止に僕は慌てて左脚を地面に投げ出しどうにか支えた。


 信号が青へと転じ、DU◇Eが緩々ゆるゆると再び進み出す。ゆっくりと左折するとそのまま大きな鉄橋を渡る。河の上で県境を示す看板が目に飛び込んで来た。


 何処まで連れて来られるのかと思いきや、何と自分の住む地域とお別れする場所まで来てしまったのだと、今さらだけど知ることになった。

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