第8話 タイヤを流すかのように唐突に動き始めた

 慌てて喫茶店を飛び出し残暑の夕暮れ空を確認してみる。確かに薄暗い怪しい雲が相当混じってるのが見て取れた。


 僕らは急ぎでDU◇Eデュークまたぐと、平日の帰宅渋滞が始まりそうな公道へ飛び出してゆく。


 早る気持ちはあれど、やっぱり連なる車達に行く手をさえぎられ、行く時と比べどうしても速度が乗らない。


 少しづつ小雨がメットのバイザーに当たり始める。同時に涼しさすら越えた寒気を感じ始めた。勿論ガタガタ震える程、大袈裟おおげさなものじゃない。


 ───これまで自分が経験してきた移動手段、車や自転車は勿論のこと。徒歩であるならこれでも暑いと言いながら自分の胸をあおぐことだろう。


 僕の家まで多分残り2kmとちょっと………そこまで近づいた処で遂に空が大泣きを始め出した。


 背中越しに爵藍ランの慌てようを感じる気がした。変に背筋が固くなった気がするのだ。僕はそんな背中を幾度いくどか叩き、反対車線側に見えるコンビニを指差す。


 この雨は夏の残り、多分不意の夕立通り雨である気がするので、少し休めばやり過ごせると思ったのだ。爵藍ランもコクリッとうなずき、ウインカーを右へ入れる。


 対向車が多くて中々タイミングがつかみ辛いが仕方がない。どうにか上着の方は湿らす程度でコンビニへ逃げられた。


「ふぅ………ごめんねぇぇ。もう暗くなるし、しかも雨だなんて」


 コンビニの軒下で溜息を一つ。そして両手を合わせ爵藍ランが謝って来た。


「何も謝ることないよ。雨なんて仕方がないし、早く帰った処でやることなんてそんなにないんだ」


 これは正直な話、後半は嘘混じりだ。早く帰ってカクヨムの大切なフォロワー、@ADV1290R様に読んで貰うWeb小説推し活をの続きを書きたい存分にしたい処ではある。


 ───そんなことより、正直が混じることを聞きたくなった。


「あ、あのさ。朝も暑いって言ってる割にちゃんとブレザーを着てるよね。うちの学校、今の時期なら夏服上着なしだって選択出来るのにどうしてかなってふと思ってさ」


「え、それを言うなら風祭かざまつり君だって同じじゃない?」


 ───そう、そうなのだ。ただ僕の場合はエアコンの風が苦手なのと、何となくひ弱な身体を晒すのが嫌なだけだ。


 首をかしげながら、先ずは僕の回答を爵藍ランは待っているらしい。長い黒髪からしたたる雨すら綺麗に思える。


 だけど今はどうしても、雨でももに張り付いたチェック柄のスカートが、僕の心を惑わせて離してくれない。


「ぼ、僕はさ、そ、そんなに酷い訳じゃないけど寒暖差に弱いんだ。この季節、エアコンが効き過ぎた建物に入るのが苦手でね」


 少し上擦うわずった声でどうにか自分の答えタスクを終える。そして雨で濡れてしまったヘルメットやグローブへ気を取られているのを良いことに、雨の滴る良い女子を、チラリチラリとこの目に焼き付ける。


 濡れた女子の何とも言えないなまめかしさ。加えて強い雨から逃れるにはどうにもキャパが足りないこの軒下。いっそ入店すれば良いのだが、濡れた装備を店に持ち込むのは気が引けるらしい。


 そうかと言って雨ざらしのDU◇Eの元へ濡れた装備を置く訳にもゆかず、仕方なくこうしている。


 同じような境遇きょうぐうの客が増え、軒下の空きが次々と狭くなる。誠にであるが僕等の距離は縮んでゆく。


「えっと、私バイクに乗る時は絶対半袖はんそでにはしないの。本当ホント履きたいんだけど荷物になるし、それとスカートの下にジャージは正直可愛くないから嫌い」


 ───スカートの下にジャージっ! はいっ! 僕も断固反対派でござるっ! ………って僕の熱苦しい視線、流石に気付かれた!?


「バイクってさあ、やっぱどうしても危険な乗り物なんだ。だからなるべく肌を露出しない。軽く転んだだけでも擦り傷増えちゃうし………」


 自分の濡れた袖口などを触りながら応えてくれた。ちなみに「ちゃんとしたの」のはスマホでどんな物か見せてくれた。上着もパンツも肘や膝辺りにパッドが入った専用品があるそうだ。


 ただ「私のバイト代で揃えるのには……ちょっと……」って苦笑い。確かにこのお値段、かなりお辛い強気の価格設定であった。


「だからまあ、せめてもの安全のために暑くても上着ブレザーは決して脱がないの。どう? 納得した?」


「あ、うんっ。ありがとう良く判ったよ」


 納得も何も大したことない質問だった。だけど意外なほど、しっかりした理由が返ってきて少し驚いた。


「……………処でさ。わ、私確かに出戻りだけど同年代の友達、もう殆ど居ないんだよね」


 少々躊躇ためらいながら、さらに此方に目を合わせぬまま、スマホを画面だけを寄越す。もうバイクアパレルのサイトではない。


 ───えっ…………ええっ!? これってNELNのQRコードじゃないか?


「え、いや、これって………その………良いの?」


「だ~か~ら~、友達からどうですかって言ってるのっ!」


 顔を朱に染め周囲には聴こえなくても、僕の耳にはキチンと届ける声を出す爵藍ラン


 ───嬉しい、当然嬉しい。飛び上がりたい程に嬉しくて仕方がない。但しその申し出だけでテンパり過ぎて「友達」というとんでもない本質にこの時は気付けなかった。


「う、うんっ。も、勿論良いよ。ただ、僕こういうNELN送るの苦手だからそこは勘弁してくだ……さい」


 風祭かざまつり疾斗はやと………彼女いない歴16年。情けない話だがこれ程の猛アピールに対する答え、これが精一杯であったのだ。


 それから自宅が近い場所というのをただの安心感でしかとらえ切れない怠慢たいまんが生んだ事件にすら、まるで気付けはしなかった。

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