第9話 便りの応酬に耐え切れない弱虫な僕

 あれから風祭かざまつり君はコンビニで傘を買い、「此処から歩いて帰るよ、家の前まで送って貰うのは………ちょっと……ね」と言い残しバイバイした。


 ───確かに………。学校を出る時は何にも考えてなかったけど、もしタンデム2人乗りを生徒の誰に見られるは………うんっ、そう……だよね。


 お陰でどうにか一人分の雨具を着て、私も何事もなかったかのように帰ることが出来た。


 濡れた装備をガレージに干していると、NELNの通知音が鳴った。私は思わず片付けそっちのけで画面をチェックする。


『@HAYATO1013 ランちゃん、今日はありがとう。思っていたより全然楽しかった。雨、結局止まなかったけどちゃんと帰れた? じゃあまた学校で』


 たったの一言1メッセージだけ………。だけど何だかとても胸が弾んだ。処で1013って何だろう………えっ? ひょっとして誕生日? それはあまりに安直過ぎない?


「……何よ、ちゃんと送ってくれるじゃない。『うん大丈夫、もちろんちゃんと帰れたよ。いきなり付き合わせてホントにごめんね』………と」


 ───初めての返信………。たったこれだけなのにちょっとだけドキドキした。


「それにしても爵藍ランちゃんかあ……。ホントは颯希下の名前が良かったな………って、それはいくらなんでも気が早すぎるかあ……」


 自分の早過ぎるヤキモキぶりに驚きながら、次に気になるアプリの通知もチェックする。


「うーん……今日も。こちらはちょっと残念………もう4日目かあ」


 ───仕方がないか、随分濡れちゃったし、ご飯より先にシャワー浴びよっ。


 私は濡れた身体をロクに拭きもしないまま、フロアにペタペタ足跡を付けて浴室に向かった。後でママに怒られたのは言うまでもない。


 ~~~


(………通知音っ?)


 僕は迂闊うかつにも爵藍ランへ初めてのNELNを送信したスマホを、リビングテーブルの上へ置き去りにするというを犯す。


 改めて聴くと味も素っ気もない初期設定の通知音だ。


 しかもあろうことか数歩離れたソファの上で、ボーッと放課後から始まったを頭の中で辿たどっていた。


 慌てて転げる様にスマホを取りにゆこうするが、一番見られたくない人間に取り上げられてしまう。


「おにいにNELN?」

「か、返せよソレっ!」


 腹を立てつつ必死に手を伸ばすのだが、軽やかなステップで椅子の上に逃走された。


「うん? 何て読むのこれ名前? 『うん大丈夫、もちろんちゃんと帰れたよ………』ってコレまさか女の子ォッ!?」


「か・え・せっ!」


 僕も隣りの椅子に駆け上がり、ようやく舞桜まおから宝物スマホをひったくる。


 風祭かざまつり 舞桜まお。中学二年生、僕の妹である。一緒に住んでるという意味では、逢沢あいざわよりも、余計なお世話事の多き困った存在だ。


 大変遺憾いかんながらは全く以ってNELN慣れしていない。妹の方が、NELN通知を先に反応出来る程、早々鳴ることがないからだ。


 ───増してや女子から……後は腐れ縁の逢沢しか在り得ない。


「だってさお兄、って言ってたよねぇ!?」


「だから言ってんだろうが………だって」


 早速舞桜まお尋問じんもんが始まるのだが、は全くって嘘をついてなどいない。


 大体だ。僕が何時帰ろうがお前にとやかく言われる筋合いはまるでないだろ? 親なら兎も角ともかく……。


「えっ?」

「ま、また通知ぃ?」


 ま、まさか爵藍ランからまたもや返信? 隣に陣取る舞桜からのぞかれるが、もう気になどしていられない。


『@ひろみ弘美 放課後、ひょっとしてどっか出掛けてた?』


「…………ッ!?」

「おっ、次は弘美ひろみお姉ちゃんかあ……明日はひょうでも降るかなぁ…」


 ───違う、本命じゃなかった。……それにしても何故逢沢まで僕の寄り道を気に掛ける?


 処で我が妹よ。普通そういうのは、とかせめて今の季節ならとか有り得ない物を降らせるものだ。


 この辺りでかもって、ソレ普通に有り得る。それじゃ適当な天気予報だぞ。


「本当に一体何なんだ? ……………『友達と遊んでたから帰ったぞ』と」


『ふぅん………珍しいのね、あの風祭が執筆ほっぽって放って。一体何処で遊んでたのよ?』


 ───うわっ、今日やけにからむな……。


「……『モールの本屋と、あと珈琲をのん此処は削除……じゃない入力し直す。限定のシェイクを飲もうって無理矢理誘われただけだ』……送信」


 ふぅ………普段の僕が珈琲コーヒーをわざわざ出向いてまで飲む訳がない。思わず変な冷や汗が出る。


「何ィッ!?」

「ま、またあっ!?」


 舌の根が乾かぬうちに、またもけたたましく鳴るNELNの通知。


 うんっ? まだスマホの画面は、を開いたままなのに?


『@颯希いぶき やっちゃいました……………。玄関からお風呂まですっかり濡らしてママに怒られました』


 ───ッ!!


「またキターッ! ッ!!」


 何なんだ? このまるで悪事を働いてる様な気分は?


「な、何だその言い草っ………まるで僕が二股ふたまたしてるみたいに言うなっ!」


 思わず舞桜まおに怒鳴り散らし、もうこの場から消えたくなり、2階の自部屋へ逃げ込もうとする。


「ま、待ってお兄っ!」


 しかしカン高い静止の声で胸を穿うがかれ、目を丸くしてゆっくりと振り返る。


 ───驚きで声を見失う。何故だか涙をにじませた舞桜が真剣な眼差しで此方を見ていた。


「お兄……ちゃん、余計なお世話だって判ってるけど 弘美お姉ちゃん幼馴染の良い子を大事にした方が……い……よ」


「…………っ!?」


 胸が………張り裂けそうとは、こんな状態変化ステータスを差すのだろうか。


 兎に角だ、やっぱり此処へ居場所を求めるのを諦め、唇を噛みながら階段を駆け上がると部屋に引きこもると決めた。


 ───何だよっ! そんなことお前舞桜に言われなくとも判ってるよっ! は僕なんかには勿体ない釣り合わない良い子だってさぁっ!! 


 そうだ……………逢沢弘美は昔っからずっとそうだった。鈍感な僕だって流石に知ってる。僕さえ勇気が振り絞れれば、クラス皆のアイドルじゃなく、僕だけの彼女ヒロインになってくれる。


 ───でも、無理………なんだよ、僕の後ろじゃなくて、を歩くアイツなんて想像出来やしない。


 からの不意打ちの便も、爵藍ランの方は恐らく既読が付いたであろうメッセージにすら、返す気力が失せてしまった。

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