第16話 幼馴染の落着きと葛藤

「あれ? どうしたの疾斗はやと? 自転車ちゃりなんて珍しいじゃない」


 無い体力を振り絞り、フラフラと坂道をどうにか登っている中途。部活テニス帰りの逢沢弘美あいざわひろみに涼しい顔で追い抜かれる。


 ───過酷な部活で酷使こくししてる筈の女子から、ど、どうしてこうも気楽に僕は抜かれるのか? 増してやまだまだ暑い盛りだというのに。


 せっかくの真新しい自転車も、僕のようなヘタレが乗車では全くってえないだろう。練習が目的だから敢えて自分専用を準備せずとも良かったのだが。


 僕にとっては新しい事始めなのだ。せっかくだから気分を新たにと思った。所詮、大型量販店の格安物に過ぎないけれど。


 それにバイクの免許が取得出来たとしても、いきなり購入出来るとは到底思えないから、は合った方が良いに決まっていた。


「ハァハァ…ハァハァ………」


 僕の普段の行動範囲には、坂道なんては存在しない。弘美にしてみれば、それも知った上での『珍しいじゃない………』って発言なのだろう。


 ようやく登り切った所で、僕の脚がいう事を効かなくなる。あ、汗がヤバい………。情けないけど、気が遠くなりそうだ。


「はい、コレ飲みなよ。この季節9月初めなんだから、水分取らなきゃマジ危ないよ」


「あ、ありがと………」


 坂の上でわざわざ待っててくれた弘美が、スポドリが入ってるらしいボトルを気軽に差し出す。朦朧もうろうとする意識の中で、それを受け取り突き出たストローを口に入れる。


 ───い、生き返る………。HP0寸前だった僕の身体に染み渡る万能薬エリクサー……っておいっ、待てっ! このストローこれでお前もってばよっ飲んだのでは!?


「あ、あ、ち、違う………た、ただのどかわいていただけなんだ」


「………? 判ってるよ、そんなこと」


 僕の顔が朱色に染まり切っている理由は、急な登り坂を無理して上がり、血流量が増しているからではない。


 弘美の頭に浮いている疑問符。僕の慌てふためきぶりの意味を、まるで判っていない口振りであった。


 ───何も塗っていないルージュを引いてない自然な赤みが差した健康的な唇を意識せずにはいられなかった。


「こ、コレ、コレ………」


 今しがた口にしたばかりの物を僕が幾度いくども指差し、弘美へアピールする。すっかり首をかしげていたが、ようやく把握した様で、顔を緩ませ一気に吹き出す。


「アハハッ! おっかしいっ! そういうことぉ間接キッス!? そんな小学生じゃあるまいし」


 自分のひざを何度も叩く弘美の笑いが鳴り止まない。腹筋が痛いのか少々目がうるんですらいる。


「あーっ、えぇ………そうでござんしょうよ………。高校生の男子がそんなことを逐一ちくいち意識してたら、なんて出来ねえよな………」


 これは他の誰でもない僕自身のが成した台詞だ。けれどサラリと、ただの友達には言わない余計な付属品が付いていた。


「………れ、恋愛れん……あいね」


 登り坂の駆け上がりでも、間接キスですら、まるで響きやしない弘美の目の下に、自然のチーク頬紅を入れてしまった。


「………そ、それはそれとして、どうして疾斗が自転車なんかでこんな遠くに居るの?」


 自ら話をらしたかったのか、冒頭の質問へ戻る弘美。慌てた気持ちをまるで代弁してるかの様に揺れ動くポニーテールが次に僕の目をく。


 ───そ、それは間接キスより触れて欲しくない話題だ。弘美からの場合だと実に顕著けんちょだ。


「そ、それはだあな………う、運動不足っ! そうっ、運動不足解消のためさ。流石に家に閉じこもってばかりじゃ身体に良くな………」


「どうせ爵藍らんちゃん絡みでしょう。アンタの顔に書いてあるわ」


 最後まで告げようとした矢先にくじかれてしまった。恐る恐るゆっくりと弘美の顔へ視線を送る。


 少しだけむくれたほおがそこにはあった。


「………大丈夫。私その程度で怒るジェラシーほど短気じゃないつもりよ」


 ふぅと軽い深呼吸をしてから笑顔へ返り、僕に視線を合わせてそう答えた。落着き払って感じではなさそうだ。


 ───何だろうこの笑顔………。今の弘美になら正直に接するべきではあるまいか。………勝手な思い込みかも知れないけど。


「………う、うん。実はそうなんだ。僕、まだバイクに乗れるか判らないけど、免許だけでも取るかもってに話したんだ」


颯希いぶき』……目の前に居るのは弘美だけ。だから颯希との約束の方はたがえて爵藍ランって呼称しても問題ないし、むしろ角が立たない気もする。


 ───だけど、それはそれで卑怯ひきょうなやり口だと感じた。


 後は颯希のすすめで免許を取る前に自転車で練習すべきだと言われたアドバイスされたことを在りのままに話した。


 僕の言葉にしっかりと耳を傾け、逐一うなずきを返してくれる弘美がいる。何だかとても有難ありがたいと感じた。


「なるほどねぇ………。いや、爵藍らんちゃんの言ってることは正論だと私も思うよ。正直疾斗は運動神経が足りないからねぇ」


 しみじみと言われてしまった………。幼馴染おさななじみの言葉は重みが違う。でも受け入れて貰えてやはり話して良かったと安堵あんどした。


「疾斗がやりたいことに口出しするつもりはないし、良いアドバイスをしてくれた爵藍らんちゃんには感謝だね。………ところでさ、まるで違う話を続けても良い?」


 僕の話は全肯定してくれた弘美。けれど違う話題を切り出そうとした途端とたん、雲行きが怪しさを帯びる。


「な、何だ。どうした? 帰りの時間だったら、特に気にしなくて良いよ」


「あ、ありがとう………じゃ、じゃあ話すね」


 弘美の話したかった内容………。それはあのテニス大会の直後、彼女が自宅へ帰る時のことであった。


 かつては親同士の仲良しから始まった筈の風祭疾斗と逢沢弘美の友人としての付き合い。これに待ったを掛けた弘美の父親………。やはりあの場にも顔を出していた。


 そして僕の堂々と応援をした振舞ふるまいに、などと勝手な言い分があったそうだ。


 ───せっかく勇気を持ってテニスに向き合おうと決め、勝利結果を残したのに何という言い草だろう………。僕の中の何者かが大いにはじける。


「ちょい待ちっ! あれはが勝手こいただけろうがっ………。何でお前弘美が怒られんだよっ! テメェ弘美の父が望んだ最高をくれてやったのに一体どういう了見りょうけんだァッ!?」


 火の国の第6皇子………フィアマンダ・パルメギアの傲慢ごうまんなる怒りが炸裂さくれつした。

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