第23話 "彼氏"のバイクぅ!?

 爵藍颯希しゃくらんいぶきにデートに誘われ、やって来たのはまさかの民家。


 しかも社交辞令で『爵藍ランちゃんの彼氏』と、呼称した相手に対し、颯希当人があろうことか『そう、』としれ口を叩いたのだ。


 加えて案内されたほこりだらけの巨大な倉庫。ガラクタただの塵なのか、実は僕の知らないお宝なのか?


 まるで判らぬ物が所狭ところせましと詰め込まれている中に、白い鉄馬バイクケツシートをボフボフ叩いてニヤけている例の太った中年男性。


 やっぱり埃にまみれているのだが『此奴はお宝だよ』って、くわえ煙草の顔がそう告げているかのようだ。


 白いタンクに黒のフレームの組み合わせがまるで白バイを彷彿連想させる。丸目のヘッドライトには黒いガードを装着している。


「此奴はSUZUKIのスト◇ートマジック110。通称『ストマジ』だ。昔CMで『俺マジ!? ストマジ!』ってやってたんぞ」


 ニカッと会心の笑みを見せる男性。ストマジという愛称ニックネームと、TVCMのセンスは、取り合えず突っ込まないでおこう。多分このおじさんにとっては青春に1ページに違いない。


 だが確かに中々どうして格好良い。如何にもThe Bikeといった風体ふうてい……………。


 ───そぅ………そうなのだが………何て言うか、その……。


「………小さい……よね? この。まあ、何だか可愛いけど」


 そこら辺に転がってたタオルを雑巾ぞうきんさせた颯希が勝手にソイツの埃を拭き取りながら言う。そうなのだ、何か妙に小さい。


 僕も最近少し位、バイクのサイトなどを見るようにはなっている。HONDAのモンキーやゴリラ※程ではないのだが、何だか妙に一回り小さい気がする。


 ※HONDAのとても小さなバイク。形は小さいがギヤチェンジ出来るバイク。愛好家が多く、50ccだが排気量を上げるキットなども充実している。


 110というからにはDU◇Eデューク125より排気量が15cc下ということだろう。あのオレンジ色の車体は、普通のバイクと遜色そんしょくないサイズだ。


 アレと比較すると二回り程、小さい気がする。ただその割に………いやだからこそと言うべきか。異彩いさいを放っている様にも見受けられる。


「これが爵藍ランちゃんのの誕生日ってんならと言ったバイクだ」


 ───なぬッ!? の誕生日ならだとぉ!?


 僕が横目にの方をのぞき見る。………、目を合わせようとしないぞ。でも……まあ、話はだいぶ読めてきた。


「で、でもこれ随分程度良さげじゃない? もう本当に乗る気がないの?」


 颯希の彼氏のは話題には敢えて乗らない颯希。少し声が浮ついている。如何にもバイク好きらしい質問で、この場をしのごうとしている様子だ。


「………いやぁ、間違いなく楽しいバイクよ、うんっ。たださあ………もう飽きちゃったんだよね……」


「「えっ!?」」


 頭をボリボリきながら、そういう何とも申し訳なさげな答えが返って来た。思わず顔を見合わせる僕と颯希。


 ───まるでバイクを余らせてる金持ちみたいなことを言うではないか。


爵藍ランちゃん、ちょっと試しにまたがってごらん。バイク慣れしてりゃ、俺の言っている意味がきっと判るよ」


「………」


 ストマジの小さなハンドルを握りつつ動かない颯希。多分ちょっとだけ困っているに違いない。そのひらひらした薄手のワンピーススカートでバイクを


 スクーターならばチョコンと座れば良いだけなのだが、その防御力ゼロのひらひらスカートで、後ろ脚を上げるのは気が引けるのであろう。


「……ええと、すいません、此方にねかせてある大きいのは?」


 僕が指差した先にシートを掛けられたデカい如何にも『麿まろは大型バイクであるぞよ、くるしゅうない』と言いたげな奴が堂々と鎮座ちんざしていた。


「あ、流石に駄目駄目。そいつはレストア※して俺が乗るんだ」


 親父殿、如何にも『話にならん』といった態度で手を横に振る。


 ※簡単に言うと古いバイクや車などを新車同然に直すこと。


 ───だろうな、うん、判りきっている答えだ。でも、それで問題ないモーマンタイ


 僕が作ったこのすきを見計らい、素早くストマジを跨いだ颯希。流石の手際てぎわだが、僕はちゃんと………眼福眼福がんぷくがんぷく


「………んっ? あ、アレレ? あるべきハズの!?」


 颯希が右脚のサンダルを持て余している。『あるべきハズの』を変換する僕の頭は………何でもない、僕は紳士だ。


「ギヤとブレーキペダルがない………。え、これってもしや………」


 颯希がストマジの至る所へ目配せする。これに関しては僕的には話についてゆけない。


「そ、判ったろ。此奴はギヤチェンジがない。ハンドルのペダルは何れもブレーキ。早い話がスクーターなんだよ」


「え、え、え、珍しいぃ~。こんなバイクあったんだ! ニーグリップ※が出来るスクーター。面白いじゃない!」


 ───スクーター? ニーグリップ? 


 何か良く判らない盛り上がりに独りポツンッと置いてゆかれる僕である。


 ※両膝りょうひざでバイクのガソリンタンクをギュッとはさみ込むこと。それがどうした? まあその内判ります、多分………。


「そ、それに原付の割にディスクブレーキだし、ホイールは社外品? ブロックタイヤが如何にも走りそう………そうか! これってレジャーバイクなんだ!」


 いよいよ何言ってんだろうって感じで一人はしゃいでいる颯希。まるで自分のバイクを貰ったかの様だ。


「そそ、ギヤチェンジないくせに身体をホールド出来る。操りやすいし楽しいバイクさ………でもね、やっぱその形なら右脚が寂しくギヤチェンジしたくない?」


「あ……そういう事か」


 ───おいおい、何かおっちゃんと美少女が勝手に盛り上がって、僕一人置いてきぼり何ですけど!?


 肝心な人間を置いて話を進めるなよ………。

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