第34話 生き別れの姉ぇぇ!?

 ───全く以って訳が判らないとは、こういう状況を指すに違いあるまい。


 爵藍颯希しゃくらんいぶきから『今夜逢いたい………』とささやかれ、男子としてこれを断る訳はいかぬと応じ、いざ単騎出陣してみれば全軍総がかり家族総出の御出迎え。


 それだけでもう『大儀たいぎであった、いや拙者せっしゃ如きに何たる勿体もったいなき馳走ちそう………』などと胡坐あぐらをかいて誘われるがまま湯浴ゆあみしたが最後。


 気が付けば敵の術中………逆らえば首を抜かれる男が終わる。───いやる意味のは既にまぬがれない。最早されるがままであるより他はない。


 諦めた僕は一言だけこうたずねてみる「何故こんな事を………」物書きの端くれとして語彙力ごいりょく最底辺さいていへんの言語だ。


「………さあて、間が差した? うん? 違うわね、この場合、?」


 ───いや、誰が巧い事を言えと………。大体それ言葉に発したたらだからなっ!


「………ま、いずれ判るわ。出会いがしらの事故にでもあったと思って諦めて頂戴ちょうだいな」


 出会い頭の事故……? 今日既に何度目であろう……こう幾重いくえも不幸にあってはたまったものではない。


 本当に手慣れた………いや、コスプレ経験値ゼロなので全く以って適当が過ぎるのだが『此奴こいつ……プロの仕事だ』そう確信に至る。


 流石に自分が変身する過程まで見るのはしのびない。そうだ目をつぶろう………何なら悪い夢でも見ている気分にひたろうではないか。


 何やら頭に網の様な物をかぶされた気がする。開けられた魔法の小瓶化粧品の数々よりかぐわしき香りが僕の鼻孔びこうゆく。


 ───何故だろう………夢だと思い込んだらアリス不思議の国へ迷い込んだかの様に気持ちが良くなってきた………。


「………ママ、こ、こんな感じかな?」


「あ、良いんじゃない。流石私の娘だわ」


 不意に颯希当人のちょっと恥ずかし気な声が飛び込んで来た。『こんな感じ』と『良いんじゃない』一体全体何を指しているのやら想像もつかなかった。


 ハラリッ………。


 長くて細い糸の様なものが幾重いくえにも折り重なって出来たものが頭に被せられた感触。


 ───これは………じゃない……間違っちゃいまいがウィッグと御洒落に言え自分! 


 自分の頭皮から生えたものではないのに、くしを通されているのは何となく判る………自信ないけど。


「出来たわ、さあ目を開けて御覧なさい」


 颯希母からの明朗快活めいろうかいかつな声と、柔らかなてのひらで肩をポンッと叩かれた。腹をくくって自分を見るしかない。寝起きでもないのにやたらと目蓋まぶたが重く感じる。


 ───え………えええええええッ!?


「こ、何処どこッ!? 此奴何奴ゥゥゥッ!?」


 遂に僕の言語視野がぶっ壊れた。鏡を見て『』とは?


「何言ってるのよ、間違いなく風祭疾斗かざまつりはやとじゃない」


 ───いやいやいやいやいや颯希母よ、だから口に出したら同じだかんねぇッ!?


 でも確かにの国のアリスは実在した。不敵な笑みを浮かべている颯希母の前に座っている者はまごう事無き女性に見えた。


 しかも長い美しき女性。どうした事だ? 何かがあべこべになったこの感覚……。


「な、何なのこれぇぇぇッ!!」


 抜かれた………完璧に。『風祭疾斗ちゃん……!?』名前の方が合わな過ぎて恥ずかしいから風祭………………………疾美はやみ辺りに改名したい。


 ───も、もうにゆけない………(?)


「は、疾斗………」


 ───え…………。


 右隣にとても申し訳なさげな感じの黒髪で碧眼へきがんの美少女メイドが映り込む。最早語るのもしつこいだろうが正体は爵藍颯希だ。


「お、お姉ちゃんっ!」


 ───ッッ!?


 右脇からギュッと長い金髪をその胸にいだかれてしまった。薄っすらと蒼き瞳ににじむものすら見えている。


 その背後、まるで生き別れた姉妹でも見る様な目で、も涙を浮かべつつある。


 ───そうだ、これが阿部ひろ……じゃなくて、あべこべの正体なのだ。


 颯希父の遺伝子を継いだ様なと純和風な颯希母の血を受け継いだ黒真珠の如き両目という即興インスタントなる


 逆に母の遺伝子そのままの黒髪と、父より受け継ぎし碧眼蒼き瞳颯希


 そんな姉妹が黒いレースがひらっひらしてるそろいのメイド服で着飾っていた。


 どうやら爵藍姉妹……僕……じゃなく私は颯希の御姉様になった訳だ。これは不思議の国のアリスで起きた奇怪きっかいなる出来事とでも言わなければ説明のつけようがない。


「お姉ちゃん、一緒に御部屋行こ」

「う、 ……」


 颯希に手を引かれされるがまま再び二階へ上がる感動の再会を果たした姉妹。だが気付けば、先程とは異なる部屋の前にまねかれた。


 ───そうだ、さっきIBUKIの部屋に誘われた時、通り過ぎた部屋だ。


「うっわ……」


 思わず可愛くない発声をしてしまった。その部屋は疾風はやて@風の使い手オタクである颯希なんぞ足元にも及ばない生粋本物であった。


 在りとあらゆるフィギュア達がそこら中から此方をのぞきこみ、衣装ケースに収まらないのか? 或いは敢えて飾っているのか判別出来ぬ達すら並んでいた。


「お姉ちゃんっ! 逢いたかったよぉぉ!」

「わっぷっ!?」


 またもやJKからベッドへの抱き倒しを喰らってしまった。


「───違うな、それはメイドだよ真騎まき


 ───おぃっ、金髪グラサン………じゃなくて颯希父! まるで『』みたくまして言うんじゃァァァないッ! あと二人の園私達の部屋を勝手に覗くな!


「……真騎? それが

 ───いや


「そうだ、颯希の姉、爵藍真騎しゃくらんまきじゃないか」

 ───だから違うってばね。『君の名』って! そっちTSは専門外だかんな(?)


 正直な処、やたらしゃしゃり出るこのグラサン侯爵はどうでも良い。とて想いは同じだった。我が父グラサンを突き飛ばして部屋の扉を閉めてくれた。


 しかしこのやたら実妹じつまいな颯希の甘えぶりを見ていると、またしても逆らえない何かを感じた。

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