エナジーロック

夏木

Track01 憧れと目的とそれから

プロローグ

 生雲いくも湊介そうすけには、自分というものがなかった。


 生まれてこの方十四年、楽しいと思うものはあれどずっとやり続けたいと心から思うようなものに出会えていない。

 ああなりたい。こうしたい。

 そんな願望を抱くような存在が見つからない。

 だから幼い頃に度々聞かれる将来の夢についての質問が苦痛でならなかった。


 テレビで見た戦隊もののように戦いたいとか、カッコイイヒーローになりたいとか、そんな夢を抱くことはない。戦うのも痛いのも御免被る。だけど、隣の子がヒーローになるって言うものだから、生雲も同じことを言う。そうすれば周囲に溶け込めるということを幼いながらに理解した。

 目立つことが苦手であるというわけでもない。ただ、周囲から白い目で見られたり、嫌われることをひどく嫌った。それだけのこと。


 ありきたりな子供を演じる。

 だけど本当は希望も、夢も、憧れも、好きもない。自分をもすら持っていない。もちろんアイデンティティーもないという、何もない少年。

 小学校高学年になった頃にはひとつの問いが生まれた。


『なんのために自分は生きているのだろうか』


 誰でもない生雲は、言葉通り何も持たないまま、他人の仮面を身に着けている。求められる姿を演じる。

 そのおかげで交友関係は良好。素直でいい子という評価をつけられて、大人からの評判も上々。

 勉強に部活だって、指示されたことを行うことで優等生の肩書きを手に入れた。一見順風満帆な中学校生活が折り返しを迎えると、大人たちは口を揃えて進路について考えるよう言う。


 高校で何をやりたいか。どんな生活を送りたいか。その後の進路はどうするのか考えて。


 これには頭を抱えた。今まで言われたことをやってきたのに、急に自分で考えろなんていくら何でも投げやりだ。

 やりたいことも見つからないまま、通える範囲にある無難な高校のパンフレットを見つめる。

 一冊、また一冊とつまらなそうに見ていたとき、生雲は聞き覚えのある単語と鮮やかな写真にくぎ付けになった。


 晴れ渡る青空の下の無機質な作りの屋外ステージ。

 そこの下に集まる大勢の人。

 ライブだ。まるで夏フェスかのような雰囲気。

 ライブには行ったことはない。けれども写真から熱気が伝わってくる。

 

 そんな写真の中、ステージ上で祝福されているのは自分とさほど年齢が変わらなそうな五人の男子。


【バンドフェスティバル 二年連続優勝バンド Walkerウォーカー


 写真の下に書かれていた情報に目を通す。

 全国高校軽音楽部の大会であるバンドフェスティバルで優勝といえば、インターハイ優勝、甲子園優勝となんら変わりない。優勝はそれだけすごいことなのだ。


 そこで大会史上初めて二連覇を果たした唯一のロックバンド【Walker】。

 彼らの出身校であることを誇るような文章が書かれている。

 様々な番組主題歌を担当していることもあり、メディア露出が多いことからWalkerについては生雲も知っていた。しかし、ファンというほどではない。あくまでも、知っている程度。ライブに行ったこともなければ、積極的に曲を聞こうとしたこともない。テレビから流れてくるので、受動的に曲を摂取していたのみだ。


 この写真を見て受けた衝撃は有名人の出身校だからということじゃない。

 記載された内容には、彼らは自分たちで部活を立ち上げ、練習し腕を磨いたと書かれている。そうして生み出した曲が、今じゃ世界中に広がっている。


 一体何が彼らの原動力になったのか。

 どうしてやろうと思ったのか。

 何で優勝できたのか。

 

 生雲はスマートフォンを使い、記載されているURLから当時の映像が公開されているサイトを覗いた。


 映像は写真と同じ、屋外ステージに立つ先ほどの五人。

 彼らのバンド名が読み上げられ、ひと呼吸置いてから優しいキーボードの音色が流れる。そこに加わるドラム、ギター、そしてベース。

 四つの楽器に重ねるよう、強いボーカルの声が響く。

 雑音はない。すべてが溶け合い、重なり合って、交じり合う洗練された音が会場に轟き、歓声が上がるのと同時に、生雲は鳥肌が立っていた。

 手を突き上げて、盛り上がりを見せる会場の注目を散らすようにステージ上を縦横無尽に駆け巡るボーカルが、メンバーを誇るようにアピールしていく。すると、呼応してメンバーも誇るが如く魅せつけながら演奏する。

 仲がいいのだろう。五人の楽しそうな姿が脳裏に焼き付く。


 さらに歌詞が生雲の胸に刺さる。

 自分の存在丸ごと否定しかけている生雲に、『そのままでいい』と伝えているようだった。

 中でも『それでもボクらは歩き続ける』という歌詞を、懇願するように歌う。それはまるで自分のことをすべて知っていて励ましているように感じ、目から零れ落ちそうになった涙を腕で拭った。

 各々の演奏技術もさることながら、これがたかが数年しか変わらない人だなんて信じられない。

 音楽で泣いたことなんて一度もない。心を揺さぶる曲は初めてだ。


 すごい。かっこいい。

 自分もこんなことができたのなら――。


(あれ……?)


 初めて湧いてくる熱を感じた。

 胸が高鳴り、今すぐにでも走り出したい。立ち止まってなんかいられない。

 この感情は。思いは。

 気づいてしまった。これが【憧れ】なのだ。


 彼らのようになりたい。彼らのように大きなステージを駆け巡りたい。生み出した音楽を大勢の人に届けたのなら、自分のように迷う人の後押しになれるのかもしれない。

 言われたことをやるだけの仮初の優等生から脱却できるかもしれない。酷く受動的な自分から脱却できるかもしれない。いや、脱却してみせる。

 そうしたら、自分を見つけられるはずだ。


 生雲は産まれて初めて自らで決意した。

 Walkerのようになりたい。だから彼らと同じ学校――羽宮高校に進学する。そして、彼らが活動した軽音楽部に入り、彼らが立ったステージであるバンドフェスティバルに出ようと。

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