第16話 やってみろ。


「唄ってみろ」



 部室に集まってすぐに無表情の堀に言われた言葉がそれだった。

 怒っている様子はない。ただ純粋に進捗の確認をしたかっただけのようだ。

 言葉が足りない人だとわかっているから、生雲は素直にそれに従う。

 とはいっても、歌詞に使うことができそうな単語を拾い集めただけであり、まだ歌詞にはなっていない。だから、唄うのは鼻唄でずっと練習してきた曲。まったく変わらないものなので、聴いている堀の眉間にだんだん皺が寄っていく。



「待て。何も変わってない」

「まあまあ、智哉、怒んないで。まだ何かあるんだよね? 何か企んでそうな顔してるもん」



 堀が舌打ちをするよりも先に作間がフォローに入る。

 おかげで場を荒らさずに本題に入ることができた。



「そうなんです。変わってない……けど、俺ら、思いついたんですよ! ほら!」



 バッと作間がノートをバッグから取り出して生雲に手渡す。

 それをひらひらとめくり、先ほど記した『風』という文字が強調されたページを両手で持って見せつける。そのほかの字は小さく、手元でよく確認せねば読むことは困難。しかし、「何か書いてある」ということだけは離れていても分かるため、努力をした痕跡が確かにあった。



「風みたいに、びゅんっとした後に静かになるような。台風じゃないけど、緩急あるような感じの曲はどうかなって思いついたんです。この前俺たちで話し合って、こんな単語を歌詞に入れるのがいいんじゃないかなっていうのはここにメモしてあるんですけど、歌詞から作るのって勝手がわからないし、先輩たちと作った方がいいと思ったんです」



 息継ぎもなく言う言葉を、作間はニンマリしながら、堀は表情を崩さないまま聞いた。

 それゆえ言葉による反応がない。生雲の提案は受け入れられたのかどうかも分からない。

 視線が交わっただけで、時間がそのまま止まったようだった。

 沈黙が得意ではない生雲は次第に顔が曇っていく。誰か何かを言ってくれ、と祈るしかなかった。



「智哉が気難しい顔をしているときは何か考えている時だから気にしないでいいよお。まあ、だいたいは気難しい顔だけどねえ」

「え、あ。はい。そうですか……」



 作間がそう言うのであれば受け入れざるを得ない。これ以上どうにもならないために、生雲はノートを持ったまま立ち尽くしていたが、「ノート、貸せ」と堀のぶっきらぼうな言葉に従ってノートを渡した。

 堀はそれを見ながら、構えていたギターを軽快に弾く。今までの曲とは異なる高音から始まった。

 堀の左手指が細かく動き、ピックを持った右手が弦をはじけばその音が電気信号としてアンプへつながり、大きな音となって物理室に鳴り響く。



「あ、全然違う……すごい」



 ぽつりと猫塚がつぶやいた。その意見に生雲も頷く。

 二回ほど同じ音、同じリズムを弾いたところで、作間もドラムで加わった。

 四分の四拍子、けれど音はギターとドラムでリズミカルに厚みを持つ。

 全十六小節分。前半がギターのみ、後半にドラムをくわえた音は十二分に曲として成り立っていた。



「……イントロはこんな感じで完成。ベースは……あとで考えて次だ。何となくで作るからお前らで歌詞をのせてけ。いくぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください! こんな風に作っていくんですか!?」

「? そうだけどなにか?」



 完全に聞き入っていた生雲は焦りだす。

 突如として言い出した歌詞づくりを、こんなときにやれと言われるなんて予想もしていなかった。

 慌てて堀を止めるが、堀はどこ吹く風。「当たり前のことを言っているのに」と言わんばかりの顔で生雲を見ている。



「そんなに急にはできませんっ!」



 歌詞に使えそうな単語を出すだけでも一苦労だったのに、やれと言われてやれるはずもなく、生雲は初めて出来ない意思表示をした。

 しかしすぐに、言ってはいけないことを言ってしまったかのように慌てて手で口を押さえた。サッと血の気が引くように青ざめる。



「できなくてもやるもんだろ。やらなきゃ始まらねえ」



 堀は眼を伏せ、抑揚のない声で言う。さらに。



「ほら、生雲ちゃん。最初からできる人なんていないし、やってみないと変わらないんだよ。俺も手伝うからさ、ほらほら。持前の頭を活かしてやってみない?」



 作間までも言う。

 堀の言葉だけでは心もとないが、作間に言われると「やってみよう」という気になれるのだ。



「わかりました……誠も」

「うん」



 猫塚を巻き込み、ドラムセットを前にしている作間を除いた三人がひとつの大きな机を挟むようにして座る。

 そしてゆっくりと、だけど確実に一歩ずつ、ひとつの曲を形作っていくのだった。

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