第17話 これから先


 堀の腕は確かだった。

 一度は折れかけた心を補強し、影で磨き続けていたセンスが開花する。

 当初は尖った曲だったものの、ほぼすべてを書き換えて緩急のあるリズム、そしてさらには転調を繰り返すような今までにない曲に仕上がった。

 さらに堀の苦手とするワードセンスは他のメンバーで補う。独りよがりの言葉ではなく、共感性を呼び、心を惹きつけるような歌詞。

 音、歌詞共にバランスの取れた曲になったのだ。


 曲はいいものになった。音楽の良しあしがわかっていない生雲でも、そう覚えるほどだ。

 曲の出来は問題ない。しかし、それを演奏できるかどうかは別の話――。



「違う。声もベースもずれている」

「うっ……裏返っちゃった。ごめんなさい」

「僕もごめんなさい。練習不足ですね」



 放課後に物理室で合わせて演奏してみると、堀と作間のギターとドラムは完璧だった。一寸の狂いもない。短期間での練習で形作ることができたのは、今までの経験の差があったからだろう。

 それに比べて、音楽も楽器も初心者である生雲と猫塚は彼らふたりには追い付けない。時間をかけて練習をしても、音を外してしまう。



「練習、します。ここと、あとここと……ゲホッ。あ、すみません」



 練習用ノートには歌詞やポイントを書き込んでいた。一度でも間違えた部分にはチェックを入れ、放課後すべての時間を練習に費やし、家でも練習を繰り返していた。

 地声が高い生雲。今だかつてない練習時間に喉が悲鳴を上げる。



「もう一回、お願いします。次はちゃんと音、取るんで」



 懇願するも誰も頷かなかった。

 喉が限界を迎えているのがわかっていたのだ。

 ガラガラな声を出し続けていれば、さらに喉を傷めていく。いくら水分をとっても、回復するのに要する時間を増やしていくだけだ。



「生雲ちゃん。『頑張る』と『無茶をする』は違うよ。今の生雲ちゃんには唄うのを頑張るよりも『休む』が必要。よーく休んでからにしないと」

「でも、そうしたら曲が完成しないし……って、いつまでに完成させるべきなんでした?」

「あ、そっか。まだ言ってなかったっけ? 智哉ー、紙どこ?」



 無計画に練習だけをしてきたが、生雲たちはあくまでも軽音楽部。部活としての活動予定すら知らされていないことを思い出し、傷んだ喉から声を出す。

 堀は黙ったまま、窓際に立てかけていた自分のギターケースを指さした。作間が立ち上がってそこからガサガサと漁り、一枚の紙を取り出して開いて見せた。



「これこれ。バンフェス。これに出よーってことだね。出場資格は全国高校の軽音楽部。オリジナルでもコピーバンドでも可。録画したものを送るんだよねえ。ちなみに応募締め切りはー……九月末。一次選考は、デモテープによる審査。二次選考は、オンライン投票。三次選考でライブハウスでの演奏。残ったバンドが、東京の屋外ステージで演奏。ってことで、完璧に仕上げるには九月までにってことだねえ」



 ひらひらと見せびらかす紙は、『バンドフェスティバル』の文字。

 いくつものバンドの写真と共に記されている応募要項。

 生雲も知る、大規模な大会。いや、生雲が目指してきた憧れのバンドの原点。出られるものなら出てみたいなと考えたこともあるほど。

 それが目の前に示された。

 憧れがまた一歩、近づいてきた。



「メインがこのバンフェス。そこまでに腕を磨いていくけど、締め切り直前の文化祭かな。他に目ぼしいイベントないんだよねえ」



 どうしようねと笑いながら作間は言った。

 まもなく五月を迎える今、時間的にはかなり余裕がある。まだ曲の輪郭がぼんやり浮かびあがった程度のレベルなので、ひたすら練習しなければならないが、喉を潰すわけにはいかない。生雲は無理することをやめた。



「智哉。なんかどっかでライブでもする?」

「金がない」

「だよねえ。ツナガリもないし、ライブハウスじゃ無理そう。ここら辺の路上じゃ、やっても人集まらないもんね。あとは校内ライブとか? 何にせよ、曲数ないとサビシイーッバンドになっちゃうよ」

「あー……」



 先輩たちの会話から、今のレベルでどうにもならないということだ。

 練習に加えてさらに練習。曲の手数も増やし、クオリティを上げていく必要がある。



「お、生雲ちゃん。顔に『出来るかな? 不安だな』って書いてある。まあ、猫ちゃんもおんなじことかいてあるけど」



 作間に指摘された。

 今まで周囲に合わせて顔色すら変えてきた生雲がここ最近なんでも感情が顔に出てしまい、それを指摘されている。

 経験のないことに胸がざわつく。



「ほーら、思い出して。俺のモットー」

「んーっと、『練習するだけうまくなる』ですか?」

「そ! 練習あるのみ。生雲ちゃんは体より頭が先に動くタイプでしょ? 唄わなくても練習になること、沢山あるんじゃない?」

「唄わなくても……?」

「ね。生雲ちゃんならできるよ。だって、智哉ですら動かしたんだから」



 作間の言いたいことはわかっている。

 生雲は今、自分にできることを考え、行動するしかなかった。

 ざわつきが溶けて消えゆくのを感じた。

 加えて、生雲のことをすべてお見通しな作間を尊敬する。

 自分にできないことを彼はできる。人に合わせるだけじゃなく、人をうまく支援して止まった足を進めてくれる力を持っている。


 これがもし、堀による言葉だったら。

 きっとこのような前向きにはなれなかっただろう。同じ言葉でも、言い方、トーン、スピード――それぞれが相乗効果で見えぬ力を他者に与える。


 ――それを音楽で活かせないはずがない。



 生雲を除いた三人がそれぞれ譜面をさらっている中で、ひとり眼をギラギラと輝かせていた。

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