第18話 手始めに世界へ


 ボーカルなのに唄えない。それでは練習に参加させることはできない。放課後部活に来なくていいと連絡があった。

 喉が治るまでの時間、唄わないボーカルの練習に励むことにした。

 体力づくり、筋トレによる基礎固め。これは短期間で効果が出るものではないが、やっていて損はない。自主練習の一環として、真っ先に取り入れた。


 他に座っていながらもできる練習がないか考えた結果、曲と歌詞の深層まで理解する必要があるという結論にたどり着いた。

 今まで理解せずに唄っていなかったというわけではない。けれど、それでは足りなかった。ふんわりとした曲の理解で唄っても、ふんわりとした何かが相手の胸に届くだけだろう。その唄が聴く人の何かを変えてくれるはずがない。

 言いたいこと、伝えたいこと、思ったこと、感じたこと。すべてを声に乗せるのがボーカルの仕事。生雲の仕事だ。



 ノートに歌詞を書き出して、その言葉がどんなことを伝えたいのかを考えて書き込む。

 誰に何を伝えたいのか。みんなが必死に練習をしているので、生雲のみで考えて進めた。


 そうして一週間。

 喉の調子がよくなり、咳も止まった。すっかり体調を取り戻した生雲が意気揚々と物理室に向かう。

 一週間の休みの間、一切踏み入れていなかった部活。教室で猫塚から話は聞いていたが、実際に音を聞かないと進捗はわからない。

 どのくらい変わったのだろうかという期待を膨らませて物理室の扉を開いた。



「あ、お疲れ様です、生雲くん」

「こんにちはー……先輩たち、まだ来てないですか?」



 いつもホームルームを終えてすぐに物理室に向かっても、どういうわけか先に先輩たちがいた。しかし今日はいない。代わりにいるのは、顧問の立花だった。

 先の授業があったのか、白衣姿の立花は生雲を見るなり教卓からほほ笑んだ。

 どうやら黒板の掃除をしていたようだ。黒板にはうっすらとチョークの跡が残っている。



「少し私の授業が長引いてしまって。ホームルームはまだ終わっていないかと思いますよ」

「そうなんですね」



 立花が教えていたとなると、先輩たちが理系なのだと知った。

 ならば来るまで待っていようと、机に荷物を置いてこじんまりと座った。そこへ立花が問いかける。



「生雲くん、大勢の前で披露したことってないですよね?」

「? ないですけど……?」

「そうですよね。やってみたいですか?」

「え? やって……みたい、です?」

「ふふふ、疑問形ですけどそうですよね。やってみないことには始まりませんしね」



 今の今まで、顧問として仕切ったり指示したりというようなことはなかった。なので立花の顔を見るのも久しく、会話をするのも久しい。そんな中で突然出てきた問いかけに生雲は戸惑いからおかしな返答をしてしまったのだ。



「みなさんにどうかなっていう企画を思いつきましてね。今まで誰もやってこなかったんですけど、君たちには向いているかもって」

「??」



 話の意図がわからず、ひたすら首をかしげる生雲。一方で立花は話を続ける。



「みなさんが練習している間、物理準備室でよく聞いていたんですよ。曲がとても沁みるもので、響きがいいなと。これは、是非全校生徒教師陣にも聞いてもらいたいなって。それでですね――」



 話をしている途中で、物理室に人が増えた。

 委員会のため遅れた猫塚と、授業が長引いて遅れた堀と作間が立て続けにやってくる。そして皆が揃って立花がいることに驚くような反応をしていた。



「バンドメンバーは揃いましたね。楽器隊の安住さんは……?」

「安住さんは用があるときだけ参加してます。今日は呼んでないです」

「そうでしたか。それでは後ほど今回お話することをお伝えください」



 猫塚が答えると、立花は全員に座るよう手で指示した。

 それに従って皆が教卓の前、もっとも立花に近い席に集まり、何が始まるのかとそわそわしながら座った。



「それでは揃ったところで、私からひとつ企画の提案をさせていただこうと思いまして」

「企画~? 立花ちゃん、去年もそんなのなかったよね? いきなりどうしちゃったワケ?」


 頬杖を突きながらも作間は聞く。



「フッフフ……皆さんの音楽をたくさんの人に聴いてもらいたいって思ったんですよ。そこで!」



 ピンと人差し指を立てた立花。見たことのない意気込みを見せながら詳細と語る。



「体育館を使用するのは他の部活があったりと難しいので、いっそのこと放送室を使って全校生徒に聴いてもらうのはいかがでしょう!?」

「わーお!」

「は?」

「え?」

「放送室?」



 作間、堀、生雲、そして猫塚と様々な反応を返す。



「さすがにアンプやドラムセットを運んで、というのは無理ですが、アコースティックバージョンをお昼の時間に突然生演奏で流す……わくわくしませんか?」

「するっ! さっすが、立花ちゃん!」



 前向きな返事をしたのは作間だけだった。

 他はいまいち反応が薄い。



「でもアコギないよ? ドラムの代わりのやつとか、ウッドベース? 何も楽器ないけど? あとさ、俺たちが練習してるのってそもそもオリジナル曲だし、原曲知らずに聞いてどうなの?」

「う、それは確かに……楽器は経費から落ちると思うんですが、原曲を知ってもらう必要が……うーん、そうするとなると皆さんの活動を別の方法で知ってもらわないとですね。方法がないわけではないですが」



 名案だと思ったのもつかの間、楽器と曲、ふたつの大きな壁にぶつかり消えそうになった計画。

 しかし、立花は諦めない。



「羽宮の軽音部にはかつて使用した動画サイトのアカウントがあるんですよ。ここしばらく使われていないですが、世界へ皆さんの姿を披露することは可能ですよ」

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