第19話 7日間の成長
「うう……緊張する……」
物理室の後方。すべての機材をセットし終えた。
そして教卓には立花がカメラをセットしている。その位置から全員の姿が撮影できる。
動画サイトに投稿するかどうかは、まず撮影してみてから決めようとなったのだ。
一週間の休み期間にどれだけ腕をあげたのか確認する絶好の機会。生雲は緊張を口にしながらも、意気込む。
「はーい。みなさん、いいですか? 撮影始めます。好きなタイミングで開始してくださいね」
立花の声にみんなが頷いた。
そして撮影を開始したことを示すカメラのライトが点灯すると、いつでも曲を始められる状態になった。
曲の冒頭はギターソロ。高音で紡がれるメロディー。その音は簡単に弾ける音ではない。難しいながらもそう感じさせない音を、涼しい顔をした堀が奏でる。
そこに作間が楽しそうに笑顔でドラムで加わる。同時にベースの猫塚も加わったが、こちらの表情は固い。
ギターだけの音に重ねられたリズム隊の音は曲を明るくさせる。
一寸の狂いのない音が生雲は背中から感じ取る。
一週間前の音と全然違った。音が磨かれていて、体が動きたくてたまらない。
うずうずした気持ちを膨らませて、やっと唄い出しがやって来た。
唄い出しは間違えない。
最初から最高潮の声で唄う。
もう音を外すこともない。両手を広げて唄えば、さらに声が大きく通る。
歌詞に合わせて体も動き、リズムもとって唄う。
マイクを持ち、振り返ってみれば、楽器を持つメンバーと目が合う。まさか、振り返るなんて思っていなかったようで一瞬驚いていたがすぐに元通りの表情になって演奏を続けていく。
途中、転調しガラリと曲が変わる部分で再び前を向く生雲。気持ちを切り替えて唄い、再び以前の曲調に戻ればまた明るい顔で唄う。
誰かの支えになるように。誰かの心に届くように。誰かを変える力になるように。
その思いを込めて唄い切った。
「いやあ……流石です!」
曲が終わり、カメラを止め、ひとり立花の拍手が鳴る。
その顔をよくよく見てみれば目が潤んでいた。
「湊介、どこでそんな唄い方を勉強してきたの? 僕、ビックリなんだけど……」
猫背になった猫塚はきょとんとしていた。
「いろいろ考えたんだ。唄うと喉痛めちゃうから、休ませる間に何ができるかなって。それで試してみた結果がこれ。後半はもう楽しくなっちゃったけど」
笑いながら言うと、作間までも腹を抱えて笑っていた。
「先生。撮ったやつ見たいです」
「もちろんです。あ、画面が小さいのでこっちのモニターに出しましょうか」
堀の声に立花が答える。
物理室に備え付けられた大きな画面のモニターにカメラとパソコンをつないで、撮影したばかりの映像を見返す。
今まで修学旅行や体育祭などのイベント毎に撮った写真なら見る機会は多々あったが、映像となると経験がない。歌声ならなおさらだ。
一曲まるごと映像が流れている間、気恥ずかしさでいっぱいだった。
だが、その感情を胸の奥底にしまい込んで蓋をし、しっかりと映像を見る。どこか改善点がないか、逆によかった点はないか。よくなるのであればもっとよくしたい。
そう考えているのは、生雲だけではない。全員が同じ考えであり、ふざけることなく画面を見た。
「音に厚みが欲しい。ドラム足せるか?」
「いけるよー。バスドラ増やす?」
「ああ」
真剣な眼差しで、言い換えればにらむような眼で映像を見ている堀は、端的に伝える。
「あとはコーラス入れる。俺も入るが、猫塚。お前唄えるか?」
「コーラス……僕はちょっとまだ……」
「わかった。それなら、響」
「はいはーい。コーラスねえ、おっけーおっけー」
まだ演奏だけで手一杯な猫塚は、申し訳なさそうだった。
それに対して、長年の絆と経験がある作間は二つ返事で了承する。
「あと、おまっ……生雲。もっとサビは強くいけ。自由にやっていい。お前が周りに合わせるな。
「……はいっ!」
ずっと人に合わせてきた生雲は、自由にやるように言われると困るのが常だった。だが、今回は堀の言葉に恐れず、元気よく返事をする。
その影で暗い顔をしている猫塚には、生雲は気づけなかった。
「どうしますか? こちらの映像は撮り直しますか?」
「後で撮ります。まだ練習段階なので。あと、他の曲のスコア……できればWalkerとか先輩の曲ありますか? それのコピーもしたいんですけど。全員が知ってる曲をやれば、多少は注目を集められますよね?」
「ふふ。それはWalkerも同じことを言っていましたね。文化祭でその手法を使って、教師陣をも動かしましたよ。Walkerの譜面でしたら彼らが忘れていったものがありますので、あとでコピーしてお渡ししますね」
音楽に関して堀はよくしゃべる。本当に好きなのだと感じ取れただけで生雲は嬉しかった。
それは作間も同じで――
「智哉がずいぶんと喋るようになったよ、もううれしくて泣いちゃう。今日も記念日にしちゃうもんねえ」
声に出して喜びの噓泣きをしている。
これが彼のデフォルトなのだ。生雲と作間は慣れたもので、しれっと無視しているが、猫塚は少し引いていた。
「って、もう一曲増やすんですか? しかもWalkerの……」
ハッとしたように、生雲は堀に訊いた。すると。
「あ? そうだが?」
当たり前だというような表情で答えが返ってくる。
「ほら、Walkerの曲って、難しいで有名じゃないですか。それをやるんです?」
Walkerが好きすぎて、動画サイトにある『弾いてみた』や『唄ってみた』などの動画はいくつか見ていた生雲。そのコメントにはたびたび、『難しい』の言葉があった。
他にもSNSなどでも同様の投稿を見たことがあり、Walkerの曲は再現が難しい唯一無二の曲とも言われている。
それを演奏するとなれば、冷や汗をかいても仕方ない。
「あの人たちにできて、俺たちにできないわけがない」
「そ、そうですけど……」
まだボーカルである生雲はどうにかなると感じていたが、他の人はどうなのかと横目で顔色を伺う。そしてここで初めて生雲は猫塚の異変に気が付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます